モルモットをたくさん飼っているのは、とめきちという人で、96さいになったいまも元気だ。となりの家に、ひとりですんでいる。モルモットのえさにするやさいを、畑でつくっている。家のうらには、モルモットのはかがつくってある。モルモットが死んだら、そこにうめている。
ゲンは千子(チコ)に、とめきちさんのことを。そんなふうにはなした。
とめきちさんの家は、となりといっても、ちょっとはなれていた。古いわら屋根の家で、家のまわりがかたづいていないし、草ものびている。
家のよこは、ひろい畑になっていて、レタス、キャベツ、ブロッコリーやはっぱのやさい、キュウリ、トマトなどがつくってある。
「これがモルモットのえさになるんや」
「えっ! ぜんぶモルモットが食べるの」
チコがびっくりして、大きな声でいった。
うしろでもの音がした。
こしのまがったおじいさんがたっている。
「とめきちさん。千子ちゃんや。山のむこうのおじいさんのところに、夏休みにあそびにくるっていうとったやろ」
千子は、こんにちは、とおじぎをした。とめきちさんもおじぎをして、ようきたな、といった。
ゲンが、モルモットを見にきたというと、とめきちさんは、うらにまわって、べにや板でかこった小屋を見せた。
たたみ一まいよりすこしせまく、屋根は、千子のあたまよりちょっとひくい。
とめきちさんは、たてかけてあるベニヤ板をずらした。金あみのはってある小屋で、ゆかになにかいる。
よく見るとモルモットだ。一匹や二匹ではない。うようよいる。
「わーっ! なん匹いるの」
「まえにそうじするときに、ぜんぶそとに出してかぞえたら、47匹おった。ながいこと飼っとると、ふえたりへったりするけど、いまは30匹くらいおるかな」
千子とゲンは、しばらくだまってモルモットを見ていた。
おくのほうに、ぶあつい板のたながあって、ふちがかじったようにまるくなっている。入口のところに、水とやさいがおいてあって、5、6匹のモルモットがもぐもぐ食べている。
千子のおじいさんが、やってきた。
「千子ちゃん、ここにいたのか。畑にはいないし、どこに行ったのかとさがしたよ」
おじいさんは、とめきちさんにあいさつして、モルモットの小屋をのぞいた。
「わー、こんなにたくさん飼っておられるのですか」
「はい、さいしょは、まごがほしがったもんで、祭りの夜店で2匹買ってやったんです。モルモットはさびしがりやで、1匹だけではかわいそうやっていわれたもんで。まごは、名前をつけて、まいにちかわいがっとりました。でも子どもはすぐにあきてしまいますな。モルモットが、おもしろいはなしをしてくれるわけやないし。そのうちなんぼでもふえてしまいましてな」
「おまごさんって、あのひこうきのパイロットをしておられる人ですか」
とめきちさんは、うれしそうな顔になった。
「りっぱになってくれて、わしもうれしいです。あの子は、ふた親ともにはやくに死んでしまいましてな。モルモットを買ってやったときの顔は、いまでもおぼえとります。よろこんで、まいばんだいてねとりました。そのまごが、いまでは、よめさんもらって、子がうまれて、わしもひまごができました」
「そしたら、モルモットは、おまごさんが子どものときから、ずっと飼ってこられたんですか」
とめきちさんが、うなずいた。
「ゲン、田んぼの水を見にいくで」
ゲンのおばあさんが、よびにきた。おばあさんは、千子のおじいさんにあいさつして、いった。
「とめきちさんはこの25年ほど、家をあけたことがあらしません。モルモットは、せわせなんだらひとばんで死んでしまういうて、旅行も行きはらしません。わたしゃ、モルモットのきもちはわからんけど、これだけのモルモットが、ぎゅうづめでくらしとって、しあわせなんやろかと思うことがありますねん。
でもとめきちさんは、気がやさしいよって、畑でやさいをつくって、小屋のわらをかえて、まいにち水とえさをやって、ずっとせわしてはります。モルモットが死んだらそこのはかにうめて、花をそなえて手をあわせてはる。わたしらには、まねのできんことですわ」
千子のおじいさんは、なんどもうなずいて、モルモットをじっと見ていた。
つぎのあさ、千子はいちりん車をおして、おじいさんと畑に行った。
畑が、なんかへんだ。トウモロコシがたおれている。だれかが、あばれたのだろうか。
そばによって見ると、毛のちゃ色になった、食べごろのトウモロコシのかわがはがされ、食べられている。
スイカ畑は、だいじょうぶのようだ。大きなスイカが、ころがっている。千子とおじいさんは、スイカ畑に行った。大きなスイカを手でたたくと、ぼこっとへんな音がする。ころがしてみたら、よこにまるい穴があけられて、なかみは食べられている。
だれがこんな食べかたをしたのだろう。
ほかのスイカをしらべたら、そろそろ食べごろだな、と思うスイカは、どれも食べられている。きょう食べるスイカは井戸にひやしてあるけれど、あしたから食べるぶんはない。
あまりのできごとに、おじいさんは、畑にすわりこんで、ぼんやりスイカを見ていた。
おじいさんは、千子がスイカを食べるのを、うれしそうにながめて、もっと食べろ、もっと食べろ、といってくれた。
いまは、どんなきもちだろう。
千子は、なんといえばいいかわからなくて、だまっておじいさんを見ていた。
「ここもアライグマにやられましたな」
声のほうを見ると、水田さんがこちらに歩いてくる。
水田さんというのは、たねやなえを売っている店のおじさんで、おじいさんに、やさいのつくりかたをおしえてくれる。あかるくて元気な人で、おととい、千子がおじいさんといっしょに水田さんの店に行ったときは、「千子ちゃん、おじいさんのつくったスイカはおいしいか」と声をかけてくれた。
「水田さん、アライグマのしわざですか」
「このスイカの食べかたはアライグマです。この村にもアライグマが出るようになったみたいです。注意してください、ってまわってるところです」
「ほかにもやられた畑があるんですか」
「いままでまわったところでは、おたくを入れて7けん、やられました。ブドウ畑も、ひどくあらされています」
ブドウは、この村の特産品にしようと、みんなでつくっている。それがアライグマにやられたらしい。
「そんなにやられたんですか」
おじいさんは、すっかりしょげて、のろのろかえっていった。千子はそんなおじいさんのうしろを、いちりん車をおしてかえった。
ひるからのおやつはスイカだ。ちょうどスイカを切ろうとしているところにゲンがきた。
「とめきちさんが、しんどいって、ねとるんや。うちのばあちゃんが、モルモットのせわしてこいっていうから、千子ちゃん、てつだってくれへんか」
千子は、モルモットのせわならしてもいい、と思った。
「うちの畑をアライグマがおそって、スイカを食べてしまったの。これがさいごのスイカよ。ゲンちゃんも食べなさい」
おばあさんにいわれて、ゲンもスイカを食べた。千子は、これがさいごのスイカなんだ、とあじわいながら食べた。
おじいさんはひときれだけ食べて、つかれたからねてくるといって、おくのへやに行ってしまった。
「おじいさんは、スイカをつくるのに、ずいぶんくろうしたのよ。うえたときは、まださむいから、なえにキャップをかぶせた。つるがのびてきたら、1本のなえから4本のつるがのびるようにした。1本のつるに一つのスイカがなるように、め花を一つのこして、お花がさくと、それをめ花にくっつけた。水をやったり、草をぬいたり、いつもせわして、千子ちゃんに食べさせるんだって、いっしょうけんめいだったわ。それがこんなことになって、なぐさめようがないわねえ」
おばあさんは、ためいきをついた。
千子もためいきをついた。スイカを食べられなくなったことより、がっかりしているおじいさんを見るのがつらかった。むねに石がつまったみたいに、ドーンとおもかった。
スイカを食べたあと、千子とゲンは、とめきちさんの家に行き、モルモットの小屋のそうじをした。ゲンとはなしあって、モルモットをぜんぶそとに出すことにした。
だんボールばこをもってきて、モルモットを入れた。かぞえてみたら、ぜんぶで36匹いた。
小屋のわらをかき出し、鉄のさんを水であらって、あたらしいわらをしいた。モルモットを1匹ずつだいて、小屋に入れてやるときもちよさそうにしている。
畑からやさいをとってきて、水であらい、えさばこに入れてやった。モルモットは、あつまってもりもり食べだした。水をやって、この日のせわはおわった。
とめきちさんが、つえをついて見にきた。
「とめきちさん、だいじょうぶですか」
千子が声をかけたら、とめきちさんは、だいじょうぶ、だいじょうぶ、と手をふって小屋をのぞいた。
「おう、きれいにしてもらったのう。ありがと、ありがと。そしたら戸のかけがねをかけて、この石をおいとくんや。野犬がくることがあるでな」
ゲンと千子は、重い石をころがして戸のまえにおき、ベニヤ板でかこいをした。
「ゲン、おまえにやったモルモットは、さびしそうにしとらへんか」
とめきちさんにきかれて、ゲンがいった。
「やっぱり、ともだちがおらんと、さびしいみたいや」
「2匹にしたら、またふえてしまう」
千子がしんぱいすると、とめきちさんは、おすどうしならだいじょうぶ、といった。
「いまからつれてきて、だんボールばこでいっしょにしてみたらええ」
ゲンは、家にかえってモルモットをだいてきた。とめきちさんが、おすのモルモットをえらんで、だんボールばこでゲンのモルモットといっしょにしてみた。
ゲンのモルモットはちかよっていったが、しばらくするとはなれて、ちがう方向をむいてしまう。なん匹かためして、やっとなかよしのともだちが見つかった。
明日につづく
ゲンは千子(チコ)に、とめきちさんのことを。そんなふうにはなした。
とめきちさんの家は、となりといっても、ちょっとはなれていた。古いわら屋根の家で、家のまわりがかたづいていないし、草ものびている。
家のよこは、ひろい畑になっていて、レタス、キャベツ、ブロッコリーやはっぱのやさい、キュウリ、トマトなどがつくってある。
「これがモルモットのえさになるんや」
「えっ! ぜんぶモルモットが食べるの」
チコがびっくりして、大きな声でいった。
うしろでもの音がした。
こしのまがったおじいさんがたっている。
「とめきちさん。千子ちゃんや。山のむこうのおじいさんのところに、夏休みにあそびにくるっていうとったやろ」
千子は、こんにちは、とおじぎをした。とめきちさんもおじぎをして、ようきたな、といった。
ゲンが、モルモットを見にきたというと、とめきちさんは、うらにまわって、べにや板でかこった小屋を見せた。
たたみ一まいよりすこしせまく、屋根は、千子のあたまよりちょっとひくい。
とめきちさんは、たてかけてあるベニヤ板をずらした。金あみのはってある小屋で、ゆかになにかいる。
よく見るとモルモットだ。一匹や二匹ではない。うようよいる。
「わーっ! なん匹いるの」
「まえにそうじするときに、ぜんぶそとに出してかぞえたら、47匹おった。ながいこと飼っとると、ふえたりへったりするけど、いまは30匹くらいおるかな」
千子とゲンは、しばらくだまってモルモットを見ていた。
おくのほうに、ぶあつい板のたながあって、ふちがかじったようにまるくなっている。入口のところに、水とやさいがおいてあって、5、6匹のモルモットがもぐもぐ食べている。
千子のおじいさんが、やってきた。
「千子ちゃん、ここにいたのか。畑にはいないし、どこに行ったのかとさがしたよ」
おじいさんは、とめきちさんにあいさつして、モルモットの小屋をのぞいた。
「わー、こんなにたくさん飼っておられるのですか」
「はい、さいしょは、まごがほしがったもんで、祭りの夜店で2匹買ってやったんです。モルモットはさびしがりやで、1匹だけではかわいそうやっていわれたもんで。まごは、名前をつけて、まいにちかわいがっとりました。でも子どもはすぐにあきてしまいますな。モルモットが、おもしろいはなしをしてくれるわけやないし。そのうちなんぼでもふえてしまいましてな」
「おまごさんって、あのひこうきのパイロットをしておられる人ですか」
とめきちさんは、うれしそうな顔になった。
「りっぱになってくれて、わしもうれしいです。あの子は、ふた親ともにはやくに死んでしまいましてな。モルモットを買ってやったときの顔は、いまでもおぼえとります。よろこんで、まいばんだいてねとりました。そのまごが、いまでは、よめさんもらって、子がうまれて、わしもひまごができました」
「そしたら、モルモットは、おまごさんが子どものときから、ずっと飼ってこられたんですか」
とめきちさんが、うなずいた。
「ゲン、田んぼの水を見にいくで」
ゲンのおばあさんが、よびにきた。おばあさんは、千子のおじいさんにあいさつして、いった。
「とめきちさんはこの25年ほど、家をあけたことがあらしません。モルモットは、せわせなんだらひとばんで死んでしまういうて、旅行も行きはらしません。わたしゃ、モルモットのきもちはわからんけど、これだけのモルモットが、ぎゅうづめでくらしとって、しあわせなんやろかと思うことがありますねん。
でもとめきちさんは、気がやさしいよって、畑でやさいをつくって、小屋のわらをかえて、まいにち水とえさをやって、ずっとせわしてはります。モルモットが死んだらそこのはかにうめて、花をそなえて手をあわせてはる。わたしらには、まねのできんことですわ」
千子のおじいさんは、なんどもうなずいて、モルモットをじっと見ていた。
つぎのあさ、千子はいちりん車をおして、おじいさんと畑に行った。
畑が、なんかへんだ。トウモロコシがたおれている。だれかが、あばれたのだろうか。
そばによって見ると、毛のちゃ色になった、食べごろのトウモロコシのかわがはがされ、食べられている。
スイカ畑は、だいじょうぶのようだ。大きなスイカが、ころがっている。千子とおじいさんは、スイカ畑に行った。大きなスイカを手でたたくと、ぼこっとへんな音がする。ころがしてみたら、よこにまるい穴があけられて、なかみは食べられている。
だれがこんな食べかたをしたのだろう。
ほかのスイカをしらべたら、そろそろ食べごろだな、と思うスイカは、どれも食べられている。きょう食べるスイカは井戸にひやしてあるけれど、あしたから食べるぶんはない。
あまりのできごとに、おじいさんは、畑にすわりこんで、ぼんやりスイカを見ていた。
おじいさんは、千子がスイカを食べるのを、うれしそうにながめて、もっと食べろ、もっと食べろ、といってくれた。
いまは、どんなきもちだろう。
千子は、なんといえばいいかわからなくて、だまっておじいさんを見ていた。
「ここもアライグマにやられましたな」
声のほうを見ると、水田さんがこちらに歩いてくる。
水田さんというのは、たねやなえを売っている店のおじさんで、おじいさんに、やさいのつくりかたをおしえてくれる。あかるくて元気な人で、おととい、千子がおじいさんといっしょに水田さんの店に行ったときは、「千子ちゃん、おじいさんのつくったスイカはおいしいか」と声をかけてくれた。
「水田さん、アライグマのしわざですか」
「このスイカの食べかたはアライグマです。この村にもアライグマが出るようになったみたいです。注意してください、ってまわってるところです」
「ほかにもやられた畑があるんですか」
「いままでまわったところでは、おたくを入れて7けん、やられました。ブドウ畑も、ひどくあらされています」
ブドウは、この村の特産品にしようと、みんなでつくっている。それがアライグマにやられたらしい。
「そんなにやられたんですか」
おじいさんは、すっかりしょげて、のろのろかえっていった。千子はそんなおじいさんのうしろを、いちりん車をおしてかえった。
ひるからのおやつはスイカだ。ちょうどスイカを切ろうとしているところにゲンがきた。
「とめきちさんが、しんどいって、ねとるんや。うちのばあちゃんが、モルモットのせわしてこいっていうから、千子ちゃん、てつだってくれへんか」
千子は、モルモットのせわならしてもいい、と思った。
「うちの畑をアライグマがおそって、スイカを食べてしまったの。これがさいごのスイカよ。ゲンちゃんも食べなさい」
おばあさんにいわれて、ゲンもスイカを食べた。千子は、これがさいごのスイカなんだ、とあじわいながら食べた。
おじいさんはひときれだけ食べて、つかれたからねてくるといって、おくのへやに行ってしまった。
「おじいさんは、スイカをつくるのに、ずいぶんくろうしたのよ。うえたときは、まださむいから、なえにキャップをかぶせた。つるがのびてきたら、1本のなえから4本のつるがのびるようにした。1本のつるに一つのスイカがなるように、め花を一つのこして、お花がさくと、それをめ花にくっつけた。水をやったり、草をぬいたり、いつもせわして、千子ちゃんに食べさせるんだって、いっしょうけんめいだったわ。それがこんなことになって、なぐさめようがないわねえ」
おばあさんは、ためいきをついた。
千子もためいきをついた。スイカを食べられなくなったことより、がっかりしているおじいさんを見るのがつらかった。むねに石がつまったみたいに、ドーンとおもかった。
スイカを食べたあと、千子とゲンは、とめきちさんの家に行き、モルモットの小屋のそうじをした。ゲンとはなしあって、モルモットをぜんぶそとに出すことにした。
だんボールばこをもってきて、モルモットを入れた。かぞえてみたら、ぜんぶで36匹いた。
小屋のわらをかき出し、鉄のさんを水であらって、あたらしいわらをしいた。モルモットを1匹ずつだいて、小屋に入れてやるときもちよさそうにしている。
畑からやさいをとってきて、水であらい、えさばこに入れてやった。モルモットは、あつまってもりもり食べだした。水をやって、この日のせわはおわった。
とめきちさんが、つえをついて見にきた。
「とめきちさん、だいじょうぶですか」
千子が声をかけたら、とめきちさんは、だいじょうぶ、だいじょうぶ、と手をふって小屋をのぞいた。
「おう、きれいにしてもらったのう。ありがと、ありがと。そしたら戸のかけがねをかけて、この石をおいとくんや。野犬がくることがあるでな」
ゲンと千子は、重い石をころがして戸のまえにおき、ベニヤ板でかこいをした。
「ゲン、おまえにやったモルモットは、さびしそうにしとらへんか」
とめきちさんにきかれて、ゲンがいった。
「やっぱり、ともだちがおらんと、さびしいみたいや」
「2匹にしたら、またふえてしまう」
千子がしんぱいすると、とめきちさんは、おすどうしならだいじょうぶ、といった。
「いまからつれてきて、だんボールばこでいっしょにしてみたらええ」
ゲンは、家にかえってモルモットをだいてきた。とめきちさんが、おすのモルモットをえらんで、だんボールばこでゲンのモルモットといっしょにしてみた。
ゲンのモルモットはちかよっていったが、しばらくするとはなれて、ちがう方向をむいてしまう。なん匹かためして、やっとなかよしのともだちが見つかった。
明日につづく