すっかり紅葉の季節も過ぎて冬の気配が漂う今日この頃ですが、岐阜県から少し愛知県に入った山の中の古刹、「定光寺」に行って来ました。
臨済宗妙心寺派のお寺で、尾張徳川家初代徳川義直のお墓『源敬公廟(げんけいこうびょう)』があることで知られ、尾張徳川家の菩提寺となっています。
重要文化財になっている本堂は、もともと南北朝時代の西暦1336年建立され1543年に再建されたもの。『源敬公廟』の「獅子の門」など建物6棟と、墓1も重要文化財に指定されています。
「尾張嵐山」とも呼ばれ、桜や紅葉の季節には人で賑わうと聞いていたので、少し時期をズラして行ってみたのですが、案の定人はまばらで、展望台の茶屋も閑古鳥が鳴いていました。
散って道に敷き詰められた銀杏や紅葉が美しかった。
本堂でお線香を買い、健康祈願。
覚源禅師という人が開山したと伝えられ、ご本尊は「延命地蔵菩薩」だそうです。
左甚五郎の作品といわれる獅子門や、源敬公廟はこの先になります。入場料100円(安い!)
廟は明の人の陳元贇(ちんげんぴん)が設計したと伝えられていて、唐門など、中国風の、儒教にもとづく建築様式なんだとか。
残念ながら源敬公廟の写真はありません(苦笑)
しかし、尾張徳川家の殿様が、こんな山の中に眠っているとはちょっと意外でした。
徳川義直は徳川家康の九男で、よく時代劇に登場する徳川吉宗と同時代に生きた尾張徳川家7代当主、徳川宗春は彼のひ孫にあたります。
徳川美術館とか見ているので、徳川家というと、絢爛豪華な印象があったのですが、なんでこんな山の中のお寺を気に入ったんでしょうね?
いや、お墓は立派です。どうやってこんな山の上まで資材を運んだのかってくらい立派。
ただ、山奥のお寺と徳川家とがなかなか結びつかない。
大きな駐車場もあって、多くの観光客が訪れるそうなんですが、道中の道はけっこう狭いし、それに何だかボロい(地元の方すみません)。
JRの駅もありますが、まるで崖にへばりつくみたいに駅や線路があって、下をけっこう断崖絶壁な渓流が流れていました。
観光客の立場からはそんなことが気になりますが、私個人としては、こういう雰囲気、好きです。
京都などで観光客にもまれながら、ぞろぞろ見て回るお寺や寺院もそれなりに楽しいのですが、一人でひっそりとした山奥の古寺を散策する。
寒いことは寒かったのですが、やっぱり人がいない時期に行くと、ゆっくり楽しめます。
山々の自然も美しかった。
いい時間を過ごせました。
臨済宗妙心寺派のお寺で、尾張徳川家初代徳川義直のお墓『源敬公廟(げんけいこうびょう)』があることで知られ、尾張徳川家の菩提寺となっています。
重要文化財になっている本堂は、もともと南北朝時代の西暦1336年建立され1543年に再建されたもの。『源敬公廟』の「獅子の門」など建物6棟と、墓1も重要文化財に指定されています。
「尾張嵐山」とも呼ばれ、桜や紅葉の季節には人で賑わうと聞いていたので、少し時期をズラして行ってみたのですが、案の定人はまばらで、展望台の茶屋も閑古鳥が鳴いていました。
散って道に敷き詰められた銀杏や紅葉が美しかった。
本堂でお線香を買い、健康祈願。
覚源禅師という人が開山したと伝えられ、ご本尊は「延命地蔵菩薩」だそうです。
左甚五郎の作品といわれる獅子門や、源敬公廟はこの先になります。入場料100円(安い!)
廟は明の人の陳元贇(ちんげんぴん)が設計したと伝えられていて、唐門など、中国風の、儒教にもとづく建築様式なんだとか。
残念ながら源敬公廟の写真はありません(苦笑)
しかし、尾張徳川家の殿様が、こんな山の中に眠っているとはちょっと意外でした。
徳川義直は徳川家康の九男で、よく時代劇に登場する徳川吉宗と同時代に生きた尾張徳川家7代当主、徳川宗春は彼のひ孫にあたります。
徳川美術館とか見ているので、徳川家というと、絢爛豪華な印象があったのですが、なんでこんな山の中のお寺を気に入ったんでしょうね?
いや、お墓は立派です。どうやってこんな山の上まで資材を運んだのかってくらい立派。
ただ、山奥のお寺と徳川家とがなかなか結びつかない。
大きな駐車場もあって、多くの観光客が訪れるそうなんですが、道中の道はけっこう狭いし、それに何だかボロい(地元の方すみません)。
JRの駅もありますが、まるで崖にへばりつくみたいに駅や線路があって、下をけっこう断崖絶壁な渓流が流れていました。
観光客の立場からはそんなことが気になりますが、私個人としては、こういう雰囲気、好きです。
京都などで観光客にもまれながら、ぞろぞろ見て回るお寺や寺院もそれなりに楽しいのですが、一人でひっそりとした山奥の古寺を散策する。
寒いことは寒かったのですが、やっぱり人がいない時期に行くと、ゆっくり楽しめます。
山々の自然も美しかった。
いい時間を過ごせました。