枝ボーボーになった樹齢約70年のクロガネモチの大木を剪定した。脚立を移動しながら上ったり下りたり、木に乗り移ってからは高いところは苦手なだけにアッチの枝コッチの枝にしがみつきながら移動しての剪定作業だった。
細い枝は「剪定ばさみ」で切った。
それ以外の枝は昨年まで「鋸」だった。高所で不安定な足場だけに太枝に足を乗せしっかりと踏ん張り、片手で枝をつかみ、もう片手で何十本もの剪定作業なので、終盤になると握力も脚・腕の筋力も悲鳴を上げていた。
・・・電動ミニチェーンソー・・・
今年は、「鋸」の代わりに今年の1月に買った「電動ミニチェーンソー」を使ってみた。「鋸」より何倍も重かったし高所でのチェーンソー使用なので危険もあったが、切るのが楽だし切るスピードも何倍も速いという魅力があった。
途中、休憩をしたりバッテリー交換をしたりしながら、約2時間がかりで大木を剪定した。
「まき」は、主に「電気バリカン」で剪定した。ただ、脚立の届かない高所は木に乗り移って作業したので「電気バリカン」は危険すぎて使えず、「鋸」と「剪定ばさみ」を使った。
「すっきりぽん」した。
「木星」や裏庭にある背丈の倍ほどもある「つげ」もバッサリと剪定した。
仮に季節外れの台風2号がやってきても、庭木が強風で揺さぶられ倒壊するリスクはなくなった。
・・・やっぱり・・・
昨夜、就寝してから数時間後だった。
右足の「向う脛」の激痛で目が覚めた。かつては、脚に負担のかかる作業を長時間した日の夜には「ふくらはぎ」が痙攣することが多かったが、数年前から両足首に1.2kgの重しをつけた週1回の「健康体操」をするようになってからは、「ふくらはぎ」痙攣は全くなくなった
「向う脛の筋が痙攣するのかも?」と思い、激痛に耐えながらやっとの思いで階下に降り、「エアーサロンパス」をたっぷり吹きかけた。痛みは消えなかったが軽くはなった。水分補給した。「抱き枕」の上に脚をのせて高くし、寝た。
・・・夢うつつ・・・
激痛で目が覚めた時、直前にみていた夢を覚えている。走ったことのないフルマラソンを息絶え絶えによろめきながら走っていた。足があがらなくなっていた。そこで激痛に気づき目が覚めた。足のことだけに、不思議な気がした。
・・・老化・・・
朝、起きると痛みは嘘のように消えていた。良かったー
自分の体力の衰えを自覚せず、剪定作業で脚を踏ん張り負担をかけすぎたからに違いないと思った。一方で、加齢とともに老化現象で体力が衰えていくのはわかっていても、途中で作業を切り上げ、何日もかけて1本の木を剪定する気にはなれないのも事実。
これからは、さらに気持ちと体の乖離が進み、ますます老化を痛感する事態に出くわすのは間違いない・・・
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<以下は、剪定や休憩中に浮かんできた思い出話です>
・・・庭:思い出話・・・・
クロガネモチ
小学生の時だった。親父から『山でいい木をみつけた。掘りに行こう』と誘われ、当時は小学生の自分と同じぐらいの背丈ほどだったこの「クロガネモチ」。その後、家を建て替え屋敷を広くしたとき、今の庭に植え替えて大木となった。
この木には、自分と親父との思い出がつまっている。自分と共に生きてきたという感慨もある。
・・・庭:ウンチク話・・・
①かど
家を建て替えた40数年前、ご近所さんから庭を「日本庭園にせえへんの?」と聞かれたとき、「このままや」と言ったことを思い出す。
以前の家のとき、家の庭に「かど」と呼ぶ空き地があった。そこは農作業する場所だったが、自分や友達との遊び場所でもあった。
今、孫達が「バスケット遊び」や「野球の真似事」や「縄跳び」などで使ってくれている。梅干しを干したりにも使っている。周りに庭木だけは植えたが、日本庭園にしなくて良かったと思っている。
②塀
塀を作る時、業者からも親からも外から目隠しになるよう高くすることをすすめられた。「高くしたら、周辺の園地や景色が逆に庭からもみえなくなる」と反対した。今、庭から眺める景色を楽しんでいるし、最近では「外からも見通しがいいので、防犯上にもいい」と言われるようになった。
③庭石
大木の下に、業者が庭の風情にと「庭石」を置いてくれた。孫達が遊びに夢中になって「庭石」にぶつかって怪我しないようにと、今は「生ごみ用コンポスト」をかぶせている。せっかくの「庭石」だが、風情より孫の安全を優先している。