故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

60過ぎ、再婚の是非(Part3)

2015-12-19 04:27:06 | よもやま話

いつもは、安心して酔っぱらえるのに、昨日は相方に先にやられてしまった。
よって、私の酔いは後回しになりました。

飲み屋さんには、多くの訳アリの人が来られます。
ママも独り者、お客さんも独り者です。

いつものばばあの店である。
私は、ことさらお年寄りが経営される店を好むのです。
気がおけて、料理が旨いのです。料理がまずかったら取得はないのです。

ばあさんは、鹿児島出身です。お客さんは地方の方が多いようです。
まあお母さんのようなものです。昨日は娘さんもおられました。

死別にしろ、生別にしろ孤閨を守るのが一般的です。
相方も奥さんを亡くされて20年とのことでした。
子どもの弁当を作らなければならなくなって困ったそうです。
初めは、コンビニ弁当を買って来て、弁当箱に詰め直したと聞きました。
子供を男手一つで育てたのです。
言ってみれば、必死で育てたのでしょう。
再婚のチャンスを探そうにも、それどころではなかったのでしょう。
昔なら世話好きばあさんが、見かねて新しい女性を紹介したりしたのではないでしょうか。

今日のテーマは60過ぎの再婚の是非です。
過去、同じテーマで2度書いています。

最初の記事は、コミュニケーションのことから始まりました。
子供が巣立った後の独り者は、孤独になりがちです。
二度目の記事は、新たに結婚するのは経済的な負担が増えると書きました。

今回は、ではなぜ一人を選ぶのか考えてみます。
最初にも書きましたが、どうやら守ってきた家族の中に
異分子を入れたがらないとでも言いますか、そんな雰囲気があるのです。
子供が巣立つ時は、パートナーの出現に家族全員がオーケイです。
しかし、新しいお母さんやお父さんとなると話は別になります。
これは、子どものパートナーと違って、家族が増えることにはならないのです。
こちらは、取られるとなるのです。つまりお父さんかお母さんがいなくなると同じなのです。

そんな雰囲気のなか、私は家を出ることを選択しました。
これは、イーブンの考え方です。減るでもなく増えるでもなく。
お父さんは、少し長い出張に出ている感じです。時たま帰って来るのです。
昔のお父さんと同じです。出張先に、新しい女の人がいるみたいな感じです。

こんなことでは、家族は成熟しないと考えます。
娘のパートナーは、いつまでも「ますおさん」状態です。
60歳を過ぎても、新たに結婚することは家族が増えることなのです。
若い人たちが結婚するのと同じなのです。
認めるべきだし、歓迎することなのです。
このことを見落とすと、60歳過ぎての結婚は家族にとって不幸なような気がします。
家族は、今いるメンバーだけではないのです。増えたり減ったりしてきたのです。

母の3回忌のため、今日から広島に帰省します。
日頃から、あんまり仲が良いとは言えない兄弟です。
しかし、母の前では頭(こうべ)を垂れるのです。
亡き母が合わせてくれるのです。母とて昔は赤の他人だったのです。
それが縁あって、父の嫁となり私達の母となったのです。

再婚は、家族が増えると歓迎できればその結婚はうまくいくような気がします。
そうでない場合は、難しいかもしれません。
家族から離れる分、さらに孤独になるかもしれません。
私は、あきらめず家族に働きかけるつもりです。
私達は、素晴らしい新しいメンバーを得たのだよ、皆で喜ぼうと。

ほろほろと 結び目解けて また結ぶ 

2015年12月19日

<<参考>>
2015年2月3日の記事、「60過ぎ、再婚の是非」と
2015年12月2日の記事、「60過ぎ、再婚の是非(Part2)」をご参照ください。





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