故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

甘えは、自分のためならず

2015-12-22 08:36:40 | よもやま話
  
後ろに座っている人からメールが来ました。
私は、後ろにいますよ。
どうして、一言声がかけられないのでしょう。

こうして欲しいと書いています。
CC(参照者)の欄に偉い人の名前が入っています。
私は、貴方に依頼しましたよ。それは偉い人もご存知ですよ。

私は、口頭で後ろの同僚に「できない。理由はこうだ。」と回答します。
わかりました。と彼は言いました。
「どうしてできないのですか。出来なければ、できるようにしてください」と
すぐにメールで返事が返っていました。CCには偉い人の名前が。

私は、もう相手にしません。
数日して、またメールが来ていました。では、話そうと同僚にかけあいました。
数分でことは足りました。

携帯電話に、伝言が入っていました。
要介護2の義兄からです。
今度来る時で良いから、これこれを買って来てほしいとの依頼でした。
全部、自分で買いに行けるものでした。

おば捨て山の話を思い出しました。
帰りに、息子が迷ってはいけないと、母は残る力で枝を折り道標にしたのです。

介護を始めると、肉体は驚くほど改善します。
薬が、機械が肉体をサポートします。
わずかな負担で便利な生活を手に入れられます。
ヘルパーとて商売です。税金が湯水のごとく流れて行く瞬間です。

考える力の介護は、難しいようです。
歯を食いしばって、残されたわずかな力で
枝を折る母の息子を想う気持ちが痛々しいのです。

こうしてほしいとメールで準社員は言えないのです。
分ってくれない社員に、何度も口頭で話します。
社員とて、解ってくれない偉い人に一生懸命話すでしょう。

先人達の一生懸命が伝わりません。
それでも、元気をサポートすることが、
税金の負担を軽くすることに気づいてきました。

若い人も、歳をとった人も、
枠を決めないことです。
便利なことと、便利でないことの狭間を埋める努力をしなければならないのです。
どんなに辛いことも、わずかですけどできることになり、
楽しいことになるはずです。

残り歯で まだ肉食える 明日は豆

2015年12月22日

コメント
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