古代日本国成立の物語

素人なりの楽しみ方、自由な発想、妄想で古代史を考えています。

神功皇后(その2 仲哀天皇の最期②)

2017年11月28日 | 古代日本国成立の物語(第二部)
 仲哀天皇の崩御の場面を書紀の記述で確認したが、古事記ではここまでの状況をどのように記しているであろうか。
天皇が熊襲を討とうと筑紫の香椎宮に滞在していた時、皇后が神懸りした。天皇が琴を弾き、武内宿禰が祭場で神託を求めた。皇后に憑りついた神は「西の彼方に金銀のほか、眩いばかりの宝物がある国がある。その国を天皇に帰属させよう」と言った。しかし天皇は「高い山に登っても国は見えない」と言い、偽りを言う神であるとして琴を弾くのを止めた。すると神はひどく怒って「もはやこの国は汝の治める国ではない。一筋の道に行きなさい(死を意味することか)」と言ったので、武内宿禰が「恐れ多いこと。天皇、そのまま琴を弾いてください」と言った。天皇は再び弾き始めたが間もなくして琴の音が途絶えた。火を指し向けて見ると天皇は崩御していた。

 書紀の記述に比べるといかにも怪しい雰囲気が漂う描写だ。書紀では、天皇は神託に逆らって実際に熊襲討伐に出向いたが失敗して崩御したとあるが、古事記では熊襲討伐に出向くことなく、神託の場で崩御している。このとき、この場には天皇、皇后、武内宿禰の三人がいたのみである。そして武内宿禰が神に問いかけ、神が神功皇后に憑りついて問いに応える。天皇は琴を弾きながらそれを聞く立場だ。つまり、武内宿禰と皇后のふたりがこの場面を支配していることになる。そんな状況下で天皇が崩御した。天皇がふたりによって殺害されたのは明白だ。臣下と皇后による天皇暗殺。書紀ではそれを伏せるために神託の後に熊襲討伐に向かわせたのだ。
 殯(もがり)の儀式のあと、武内宿禰は祭場で再び神託を求めた。神は「この国は皇后の胎内にいる御子が治める国である」と言ったので武内宿禰は「その子は男か、それとも女か」と尋ねると神は「男である」と応えた。宿禰が「そのようにおっしゃる神の名をお教えください」と願うと神が「天照大御神の託宣である。また、住吉の底筒男・中筒男・上筒男の三大神である」と応えた。書紀では四人の神であったのが古事記では天照大神と住吉大神のみとなっている。

 仲哀天皇が崩御した時点では皇位を継ぐことができる皇子が三人いた。すなわち麛坂皇子と押熊皇子、そして誉屋別皇子である。いずれも神功皇后の子ではなかった。普通に考えれば三人の皇子のいずれかが皇位を継ぐことになるはずだが、神功皇后はそれを阻止して自らのお腹にいる子に皇位を継承させようと目論んだのだ。その作戦は皇后ひとりによるものではなく、武内宿禰とともに練ったものだ。香椎宮において仲哀天皇を殺害するとともにお腹の子に皇位を授ける神託を行う、そしてそれを告げた神を天皇家の祖先神である天照大神として誰も文句を言えないようにしたのだ。書紀よりも古事記の描写の方が当時の状況をよりリアルに伝えているように思う。

 さて、神託を告げた神は天照大神と住吉大神であるが、この二柱の神はこの場面における神功皇后と武内宿禰に重なって見える。要するにこのふたりが天皇を殺害したことを暗示しているのだ。



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