あきオジの風景

写真、そして、俳句(もどき)
毎日更新しています。

日ぐらしや急に明るき湖(うみ)の方  一茶

2009-07-31 13:33:01 | 日記
神代植物園を散歩している老人

後ろ姿がいい。
意識していないところが存在感を示している。
そういう人に私はなりたい。

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今日の一茶

日ぐらしや急に明るき湖(うみ)の方  一茶

静かな雰囲気がいいですね。
このような句に出会うと、この句誰の句
そう思いたくなりますね。

鬼灯(ほおづき)を取ってつぶすやせなかの子

子守りの子が暴君のような子を背負っている。そんな風景が戦後にもありましたね。
ほうずきには、懐かしい色と丸い球形の感触がいいですね。
こうして一茶の句を読むとひねくれ一茶という言い方もいいかもしれませんね。

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今日の放哉

お遍路木槿の花をほめる杖つく

言葉の並びはぎこちないけれど風景が見える。
四国の思い出は遍路さんが景色に溶け込んでいる。
そんな景色
大きな山が背骨になっており、小さな丘陵が続く
小さな路がぬうように続いている。
遍路さんはけっこう早足で進んでいるのですね。
あとこちで休憩している姿に出会う。
「お接待」というのがあり
地元の人は遍路さんに接待する。
お布施ですね。
遍路さんを接待することで功徳をうける。
遍路さんのためではなく自分のため
そんな表現はおかしいですが大切なところですね。

金剛杖は、杖でもあるのですが、いざというときは、墓標になるのですね。
遍路に出るとは、死を覚悟した旅だったのですね。

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今日の方代

じめじめと父と母とがあらそいしあのあらそいは今もわらかず

今の時代は双方が屈折しており、巧みな論理で責める。
あるいは一気に暴力に走りますから、
このような懐かしスタイルの諍いは目立たなくなりましたね。
寅さんの映画を見ていたら
寅さんとタコ社長、おいちゃんとの取っ組み合いのけんかをみて
マドンナが「気持ちをそのままだして、こんなけんかできるなんて羨ましいわ」といセリフがありました。
方代さんの両親のけんかは、「じめじめ」ですから
明るい喧嘩ではなかったのでしょうね。
喧嘩の底にあるのは、喧嘩の理由とは別のところにあるのですね。



落穂拾ひ日あたる方へあゆみ行(ゆき)  蕪村

2009-07-31 05:38:57 | 日記


落穂拾ひ日あたる方へあゆみ行(ゆき)  蕪村

落ち穂拾いは生活力のない寡婦や老人にのみ許されていたという。
それだけでもしみじみとした気分にさせられます。
日当たりのよい方に傾斜していく姿は厳しい現実を
示していますね。
さすがの蕪村。観察が的確。
近くになりすぎない。その距離感がいい。

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今日の方代さん

明日のことは明日にまかせて己よりおそろしきものこの世にはなし

方代さんにも若いころがあった。当たり前のことですが勘違いしてしまうことがあります。西行だって20代のことがあり、晩年の70代では、活力も違うでしょうし自然の中に入り込んでの感性も違うでしょうし、「諦め」についてもとらえ方が違っているのでしょう。
その人を知ると言うことは変化していく過程を見ることなのですね。

とりあえずは断片で楽しみましょう。

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桔梗咲く庭で伸びきり黒き猫  あきオジ

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今日の山頭火

あるけばかっこういそげばかっこう

「信濃路」というタイトルが付いています。
これは旅する人でなければ発見できないことですね。
この旅する人のリアリティが山頭火の面白いところであり
魅力なのですね。
様式を整えては表現できないものもあるのですね。

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