あきオジの風景

写真、そして、俳句(もどき)
毎日更新しています。

紫陽花が波となって流れ落ち  あきオジ

2010-07-08 18:19:35 | 日記
加賀の千代女
杉田久女
この人なら知っています。

この二人なら、こんな句を作るかな
そんことを思いました。

もちろん、技巧的に練って
削りに削って
最後に残った言葉・・・・

そんなことなのでしょうが・・・
分かりません。

余計なことを書くと物知り教養人に噛みつかれてしまいます。
用心、用心

最近、そのような「趣味」の人が増えてきましたね。

・・・・・・・

広がりみどりの中に埋もれたい  あきオジ

2010-07-08 18:10:23 | 日記
あきオジのこのみ
俳句などの形式に押し込めない
そんな感動

それがいいなあ

・・・・・・・

上品な和服を着た教養人が
助詞の使い方とか切れ字の使い方などを
あれこれ言っている。

それはその世界の人のやり方ですから
それはそれ

でも、溢れるエネルギー
そのまま
あるいは多少の剪定
そんなことで十分だな。

・・・・・・・

客僧の二階下り来る野分哉  芭蕉

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思えば、この数日大雨だったのですね。
練馬区あたりだと車を道路に、そのまま放置してしまっている
映像が流れていました。
でも、ちょっと離れたところでは何もない。

不思議な気分

・・・・・・・

あれれれれ向日葵芽を出す梅雨間なり  あきオジ

2010-07-08 06:22:08 | 日記
あじさいが見頃過ぎです。
やれやれ
公園ではいっせいに切り取ってしまいます。
ですから
終わりの時期を知らず
忽然と季節が変わるのですね。

それでいいのか
どうか分かりませんが・・・・・
短歌の世界の雰囲気はありませんね。

淋しさ
悲しさ
はかなさを
いいものだといいながら
はぎとってしまう。
それが現代なのですね。

汚ない人間さえ排除されているのですからね。

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「下手うま」で七夕飾り乗り越える   あきオジ

2010-07-08 06:18:10 | 日記
このごろ
すっかり上手に作る気持ちがなくなりました。
下手な句を多少いじって上手そうに見せても似たようなもの

それより、毎日の身の廻りを書きつづれば
小さな日記

案外蓄積すると面白い。
そんな思いしかありません。
上手になると自分じゃなくなりそうです。

言葉にしたらいじらない。
それがいい。

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だれもみな映画に生きる梅雨の街   あきオジ

2010-07-08 06:00:20 | 日記
懐かしさは商品になる。
ローマも過去の遺産を利用しているし
京都の街も伝統に頼って生きている。

青梅の街は昭和二十年代の映画遺産で
食いつなごうとしている。

上手にいっているかどうか分からないけれど
「もう一度来てみたい」とい気にはならない。

「その程度の熱の入れ方」なのかもしれません。
でも
でも、私は好きです。

いさかいの声が湿る理髪店    あきオジ

2010-07-08 05:50:59 | 日記
梅雨とき
夫婦喧嘩の声を聞くと
ほっとします。

そんなおおらかでストレートな表現が
少なくなりましたね。

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ひたと犬の啼町越えて躍りかな  蕪村

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躍りと書いて「おどり」とよむ。
めったにないことなので新鮮ですね。

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瑣末な言葉尻をとらえて「自分で腹を立て」たらしくて
その人の周囲の人に言いふらし
それをまた、親切な友達がいて、
私に「親切」にも、教えてくれました。

そのようなことで世の中回っているし
幸せなのですね。

でも、大人げない。
そんな人「教養ある」「賢い」と思われる人に多いですね。

人の口に戸はたたない。
ときとして、生きることは諦めることですね。

ごくろうさま。

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