平和への希い


 
  積極的平和主義とは、世界のすべての国が、日本
  の平和憲法を掲げる努力をすることです。

 平和への希い2001 ハンコ騒動

2020-10-05 10:10:59 | 日記

菅政権は、行革担当相に河野太郎氏を起用し、行政のデジタル化に本腰をいれている。
河野大臣は、「省庁の殆どの書類の『ハンコ』は不要、非効率な紙のやり取りを止める」と、鼻息荒い

「ハンコ」と言えば、昨年の今頃、脳梗塞の兄の「実印」や「銀行印」を、探し出すのに苦労していた。
言語障害と、右半身マヒで、「ハンコ」の「ありか」を聞き出すのに、大変だった。
デジカメで家の中を撮りまくり、兄に見せて、「ここか、こちらか」と言っても、画面が小さくて、
兄は「よく見えない」といら立つ。
大事な実印は、土地の権利書と別々保管していて、兄独特の用心深さの場所にあって、家中を探しまくり、
何とか見つけ出したが、家の中は、ドロボーが入ったみたいに、散らかし状態になった。
3年前、区役所の高齢福祉課で、ボランティア活動で貰える「シルバーポイント」の申請手続きした時のこと。
「ハンコ」を持って行くことを忘れ、窓口の女性(非正規の方らしかった)と、
「ハンコ」が無いと手続き出来ない、と、彼女は、決められた通りしないと、と、必死だった。
「上司を呼んで来い」と息巻いたが、たまたま、上司が外出中だった。
私は、免許証を出して、「本人」であることに間違いないのだから、自署(サイン)で良い筈だ。
ハンコよりずっと「確か」な本人なのに、「ハンコ」にこだわる役所仕事のやり方に、怒り心頭

ヒマ十分の身、意地になって、「上司が帰るまで待つ」と1時間ほど座り込む。
その間、「市長あての意見書」で、「ハンコ」にこだわるお役所仕事に対する改善要求を書いて目安箱に投函。
女性は、同僚と相談したり、上司と連絡取れず、私の方を「ちらちら」見ながら、他の仕事も出来ず困って
いた。彼女には気の毒なことをして、申し訳ないと思ったが、ハンコ仕事のやり方を許すわけにはいかなかった。
結局は、「特例として」サインで良いと言って来た。
「特例?」にコチンと来たが、彼女の責任ではないと、気の毒なことしたことを謝り、帰る。
市長から、返事が来たが、書いたのは、窓口の課長?さんらしく、「ハンコ」の必要性をクダクダ。
許せないと、また、出掛け、課長さんに、「ハンコ」仕事をやめるよう、談判。
課長の裁量では止められないと、解り、「市長に直談判する」と怒りをぶちまけ帰った

(市長へ直談判することを忘れていたが)翌年、同じ手続きに行ったら、「ハンコ」は不要になっていた
菅政権には、「ハンコ」ばかりではなく、税金の無駄使いを止める「行革」を、絶対に実現して貰いたい
ウォーキング中に出会った花と雲。

10月5日「今日は何の日カレンダー」より 時刻表記念日
▲パリ庶民数千人がヴェルサイユに行進し王宮に乱入(1789)▲東京音楽学校開校(1887)▲初の時刻表出版(1894)
▲立教大学登山隊、日本人初のヒマラヤ登頂成功(1936)▲服部時計店クォーツデジタル腕時計を発売(1973)
▲銀座と新宿で土曜歩行者天国(1974)▲山口百恵、日本武道館でラストコンサート(1980)
▲ポーランドのワレサ「連帯」委員長にノーベル平和賞が授与(1983) ▲ダライ・ラマ14世にノーベル平和賞
(1989)▲小渕再改造内閣発足(1999)▲ロト6第一回抽選(2000)▲阪神のマット・マートン イチローの
ンシーズン最多安打記録210本を更新(2010)▲カズオ・イシグロにイグノーベル文学賞(2017)