12月にあえて「八月の残酷」を、いまの情勢の中で思う。
壺井繁治 「八月の残酷」あるいは平和について
八月にだけ
残酷だったというのか、彼らは?
ヒロシマと
ナガサキの
上空でだけ
残酷だったというのか、彼らは?
彼らはつねに信心深く、
原爆投下の出撃前にすら、
うやうやしく祈りをあげたという。
天なる神よ、
われわれの聖なる任務が
無事果たされますように、
アーメンと。
そしてあの閃光一瞬!
地上にこの世の地獄が出現した。
一切の物を焼き尽くす夏!
思いもかけぬ、それは八月の残酷だった。
炎の都市の真ん中で、
姿を見せぬ残酷な執行者によって、
火刑に処せられた数十万のひとびと。
生き残った者は、
どんなに美しい肉体もボロ切れとなり、
そのボロをひきずりながら、
息絶えだえに蠢き続けた。
ただ水を求めて。
その八月にだけ
残酷だったというのか、信心深い彼らは?
八月十五日に
やっと平和が来た、僕らの国にも。
戦争が終わったのだから
たしかに平和はきたのだ。
その日から
僕らの国には戦争が起こっていないのだから、
たしかにつづいているのだ。
平和は十八年間も!
平和!
誰もが口にする一つの言葉。
そうだ原爆を投下した国の軍事基地を、
今なお許しつづけている者どもの、
牙を隠した大きな鰐の口からさえ、
白い鳩の翼にも似せて
滑らかに飛びだす言葉 平和!
僕らの国に軍事基地を許すのも、
僕らの国の港々に
核武装の原子力潜水艦を寄港させるのも、
ぼくらの国の空に
F105D水爆戦闘爆撃機を飛ばさせるのも、
これ、すべて「平和」のため!
青い空が
青い空であるように、
一つの意味しかもたぬ
僕らの国の平和が、かきみだされている、
おお、なんと「平和」の名において!
焼け焦げる八月だけが
残酷だったというのか、僕らの国で。
馬鹿な!
春も、夏も、秋も、冬も、
四季を通じて
いつも危険で、残酷なのだ、
アメリカの将軍どもが、
僕らの立ち入りを禁止する基地の中で、
戦略地図をまんなかに、ずるい額を寄せ集め、
たえず会議にふけっているかぎり!
ぼくらのやさしさ、
僕らの平和は眠れない、
やさしい母親の腕に抱かれて眠る
赤ん坊のようには!
昼となく、夜となく
僕らの国の空を、
原爆を投下した国の軍用機が
わがもの顔に飛んでいる限り!
ぼくらのやさしさと
僕らの平和の守り手は、
不寝番として立つ、
僕らの国の
夜の暗さの真ん中に。
暗さを透して射してくる
光の帯を見とどけるまで。
※「二十四の瞳」を書いた壺井栄は、繁治の妻
壺井繁治 「八月の残酷」あるいは平和について
八月にだけ
残酷だったというのか、彼らは?
ヒロシマと
ナガサキの
上空でだけ
残酷だったというのか、彼らは?
彼らはつねに信心深く、
原爆投下の出撃前にすら、
うやうやしく祈りをあげたという。
天なる神よ、
われわれの聖なる任務が
無事果たされますように、
アーメンと。
そしてあの閃光一瞬!
地上にこの世の地獄が出現した。
一切の物を焼き尽くす夏!
思いもかけぬ、それは八月の残酷だった。
炎の都市の真ん中で、
姿を見せぬ残酷な執行者によって、
火刑に処せられた数十万のひとびと。
生き残った者は、
どんなに美しい肉体もボロ切れとなり、
そのボロをひきずりながら、
息絶えだえに蠢き続けた。
ただ水を求めて。
その八月にだけ
残酷だったというのか、信心深い彼らは?
八月十五日に
やっと平和が来た、僕らの国にも。
戦争が終わったのだから
たしかに平和はきたのだ。
その日から
僕らの国には戦争が起こっていないのだから、
たしかにつづいているのだ。
平和は十八年間も!
平和!
誰もが口にする一つの言葉。
そうだ原爆を投下した国の軍事基地を、
今なお許しつづけている者どもの、
牙を隠した大きな鰐の口からさえ、
白い鳩の翼にも似せて
滑らかに飛びだす言葉 平和!
僕らの国に軍事基地を許すのも、
僕らの国の港々に
核武装の原子力潜水艦を寄港させるのも、
ぼくらの国の空に
F105D水爆戦闘爆撃機を飛ばさせるのも、
これ、すべて「平和」のため!
青い空が
青い空であるように、
一つの意味しかもたぬ
僕らの国の平和が、かきみだされている、
おお、なんと「平和」の名において!
焼け焦げる八月だけが
残酷だったというのか、僕らの国で。
馬鹿な!
春も、夏も、秋も、冬も、
四季を通じて
いつも危険で、残酷なのだ、
アメリカの将軍どもが、
僕らの立ち入りを禁止する基地の中で、
戦略地図をまんなかに、ずるい額を寄せ集め、
たえず会議にふけっているかぎり!
ぼくらのやさしさ、
僕らの平和は眠れない、
やさしい母親の腕に抱かれて眠る
赤ん坊のようには!
昼となく、夜となく
僕らの国の空を、
原爆を投下した国の軍用機が
わがもの顔に飛んでいる限り!
ぼくらのやさしさと
僕らの平和の守り手は、
不寝番として立つ、
僕らの国の
夜の暗さの真ん中に。
暗さを透して射してくる
光の帯を見とどけるまで。
※「二十四の瞳」を書いた壺井栄は、繁治の妻