「フロスト X ニクソン」(Frost/Nixon、2008年米、122分)
監督:ロン・ハワード、原作(戯曲)・脚本:ピーター・モーガン、音楽:ハンス・ジマー
フランク・ランジェラ、マイケル・シーン、ケヴィン・ベーコン、レベッカ・ホール、サム・ロックウェル、オリヴァー・プラット
任期途中で辞任したただ一人の第37代アメリカ大統領リチャード・ニクソン(1913-1994)が、辞任3年後に、イギリスのTV司会者デヴィッド・フロストのインタビューを受けた。それとその前後の話である。
フロストは番組で特に政治を扱うわけでなく、芸能、ゴシップなどが多く、その軽さで人気を持っていたらしい。
ニクソンは辞任したものの、有罪にはなっておらず、過失を認めたり、謝罪はしていない。フロストとしてはそれをなんとかしたい。
さて、ニクソンについてはすでにオリヴァー・ストーンが映画を作っているが、この映画はウォーター・ゲート事件そのものを描いてはいない。その後の話であり、別に政治的に、また政治学上、どうという話ではない。興味は、こういう場面で、こういう二人がどういうやり取りをし、どいういう戦いをするかにある。だから、ロン・ハワードが監督する気になったのであろうし、こっちも見に行く気になったのである。
後世の立場からは、一見勝敗は明白と予想されるが、そうでもない。やはりニクソンは手ごわく、なかなか味も魅力もあるキャラクターである。それに引き込まれそうになっていることに、フロストも気づく。
インタビューは4回に分けられ、おのおのの間に数日ある。4回目に向けてフロストが反撃の準備をするところからが、演出もスピードと力が出てくる。そこで勝負あるか、と思うと、、、というのがこの映画のみどころ。
私が見るに、最後のフロストのいくつかの質問には、この対談を完結させるためのしかけが入っていると同時に、それは結果としてニクソンが完敗しないように行ってしまうものがある。
最後のほうで、これはロン・ハワードの主張なのだろうが、メディアはあまりにも問題を単純化しすぎる、確かに欲しかったのはニクソンの一瞬の表情、ということが言われる。対談後に二人がまた会っていくつか言葉を交わすシーンは、この二人がそれとTVカメラの前がすべてではないことを理解していることが見て取れて、いいエンディングになっている。
ニクソンを演じるフランク・ランジェラがとにかく見ものである。メイクでそっくりに出来るとはいえ、その動作、しゃべり方、すべてがこの大変な過去を背負い、いまだ生きようとしている男を表現してあまりない。この人に今年のオスカーあげてもよかった。ハリウッドだから共和党ニクソンを好演したこの人にというわけにはいかなかったのだろうが。
フロストのマイケル・シーンも、比較されると気の毒だが、これはこれで好演。フロスト・チームの二人もいいが、ニクソンのサポート役のケヴィン・ベーコンの存在感が抜けている。
もちろん話としてはDVDになってから自宅で見てもいいのだが、フランク・ランジェラの演技は、大スクリーンで見てよかったと思わせるものであった。こういう男の役で、そう思わせるのはめずらしい。
ケネディとの討論以来話題になった、服装、くせなどに関する話題も面白く、靴の話など、ジョークも多く、これが楽しめるのはアメリカだからだろうか。
さて、家族が集まったところでニクソンがピアノを弾くシーンがある。やさしそうな曲だが、彼が一応弾けるひとであることがわかる。クレジットで、ニクソン作曲ピアノ協奏曲第1番というのがあり、これがそうだろう。この映画はこういうところも細かい。アメリカに、英語に通じている人が見ればもっとあるのだろう。
そして弾いていたピアノが、ベヒシュタイン。わざわざ使うのだから、彼は本当にこれをもっていたのだろう。
一つ思い出したのは、確か駐日大使だったハワード・ベーカーが「私の履歴書」(日経)で書いていたと思うのだが、戦後の大統領にほとんどすべて間近で接していて、切れ者はだれかといえば、ニクソンとクリントン、と意外な答えだった。
クリントンはスキャンダルの印象が強くなってしまったが、(セシル)ローズ奨学金でオックスフォードに行っていることからも、半端な成績ではなかったらしい。この映画を見れば、ニクソンが切れ者だったと想像できる。