メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

吉増剛造「我が詩的自伝」

2016-05-23 10:43:39 | 本と雑誌
我が詩的自伝 素手で焰をつかみとれ!
吉増剛造 著 2016年4月 講談社現代新書
 
この人が自伝を出そうとは思ってもみなかった。しかも編集者を前に延々としゃべったものに、詩をいくつか挿んでいくという形態で。
詩人も77歳であって、そうであればここで存分に語ってくれたのはよかった。語るというより、これが詩になってる部分もあるけれど。
 
吉増剛造の詩に接したのは1970年ころだったと思う。こんな激烈というか変わった詩があるんだという感があったのだが、なぜか拒否するという方にはいかず、受け止めてみようという流れにしばらくはなった。
 
短歌、俳句は別として、日本の近代詩、現代詩にはあまり親しんでなくて、せいぜい石川啄木、萩原朔太郎、中原中也くらい。中也だけ特別で、いくつかはそらんじているようになっていた。なぜか当時気鋭の仏文学者兼詩人たちが熱心だった宮沢賢治には親しんでいない。そのあとの現代詩となると、かなり盛んになっているのは知っていたが、あえて近づこうとはしてなかった。
 
そこに吉増剛造である。なにしろ、
下北沢裂くべし
マリリア剛造に渦巻き流れよ
である(マリリアは詩人の夫人)。
 
出てくる言葉をつらなりの中で理解してはいけない、ということは読んでいるとわかってきて、発語が他のものと照応していると感じたり、ただ屹立したり、それもイメージ、字面、音などが飛び交い交響、不協する、その世界を泳いでいく、という感じであった。そう、詩の世界はそういうものかもしれないと思ったものだ。
 
この本で語っていることで、出自、家庭環境、学校、出会い、試作を中心とした仕事などについてはかなり詳細、具体的で、おもしろい。一方で、詩とはなにか、詩人が詩を作る、とはどういうことか、ということについては、この人の詩のように、部分部分はよくわからない形で、一気呵成に語られる。あたかもこのひとの詩のように。
 
詩人が詩を作る、出していく根幹には、何度も語っていることだが「言葉を枯らす、限界に触る」があって、そこまであるときは自身を意識的に追い込むことがあるようだ。
 
詩というものは特別なもの、詩人はクリエイターでも別格、ということはいろいろなところでいわれるまま、漠然とそういうものかなと思っていたが、本書に出会って、かなり納得した。詩だからこういう表現は適当でないかもしれないが。
 
細かいことで面白かったこといくつか。
作曲家とのつきあいで第一が柴田南雄とは、、、武満徹ではない。吉増に言わせると武満が嫌いというほどではないにしろ、あの人は岩波優良文化人で、ということで、これはよくわかる。時代の政治的状況から、いろんな呼びかけが詩人にきたようだが、あくまでこの人は詩に集中した。
 
代表的な詩集「黄金詩編」の装丁は、当初田畑あきら子(1940-1969)の予定だったが、うまくいかず赤瀬川源平になったそうだ。田畑あきら子の名前を洲之内徹の著作、彼のコレクション以外で見るのは、初めてだと思うし、意外だった。もし装丁していれば彼女の遺作の一つになっただろう。
「黄金詩編」の黄色い表紙はよく覚えている。実は出てまもなく買ったのだが、乱丁というか製本が悪かったというか、替えてもらったけれどそれも万全ではなく、そうこうしているうち、引越しの時になくなってしまった。思潮社の現代詩文庫を持っているだけである。
 
エドガー・アラン・ポーの「大鴉」が言及されている。これ、ミステリ小説などでも高額な古書として扱われたりして、作品名だけは知っていたのだが、この神話の世界に出てくる鴉は、人間が何を言ってもNevermore(二度とない)と答える。名前をきかれてもである。失恋した男性の胸の上に来て「Nevermore」と言ったり、、、
ここで思い当たったのが、ジャズのセッションでよく演奏される「酒とバラの日々(The days of wine and roses)」、歌詞に、
牧草地を駆け抜け、閉じようとしている扉へ、そこには Nevermoreと書かれていて、この扉は以前なかった、、、
 
歌ってるときは何かよくわからず、この本を読んだ後わかったというほどではないが、少なくとも「大鴉」が背景として引用されていることはわかった。これ同名の映画の主題曲でヒット、作詞がジョニー・マーサー、作曲はヘンリー・マンシーニ。ジョニー・マーサーは「枯葉」の訳詞、「ムーン・リバー」などいくつかヒットがあるけれど、キャピトルレコード経営者の一人で、プロデューサーというイメージがあったから、このNevermore、なかなかである。



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