「勝手にしやがれ」 (A bout de souffle 、1959仏、95分)
監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール、原案:フランソワ・トリュフォー
ジャン=ポール・ベルモンド、ジーン・セバーグ
かなり前にビデオで見たはずだが、今回またじっくり見てよかった。以前はどうしてこれがヌーヴェル・バーグの先鞭をつけた代表的傑作なのか、という感じであった。そういう観点はともかく、見だしたら目を離せない。
まずカメラがいい。映画としては標準のサイズだろうが、その画面を一杯にうまく使っている。顔を相当アップする時以外は、おそらく広角レンズをかなり近くで迫るように使っているのだろう。当然焦点深度も深いから全体にピントがあった感じになり、臨場感が強い。
また最後のベルモンドが倒れるまでのところ、現場にいるようで秀逸。
いかにもといういいかげんなくれたチンピラ(ベルモンド)は一つの典型で、それを追っていくテンポがいい。あまり主張を押し付けない、それでいてこの物語の世界としていつの間にかなじんでしまう調子をうまく作り出している。
そしてもう一つ、男女の仲の問題。今回こうしてみると、ジーン・セバーグがなんともいい。一つ一つのしぐさ、ベルモンドとの会話のテンポ、男としてはなんともチャーミング。
今の歳になってみると、これはよくわかるのである。ジーン・セバーグ、映画界でその後うまく使えたかどうか。
このひと、髪型のせいか痩せぎすのイメージだったけれども、そうではない。「悲しみよこんにちは」でもそれは感じた。思い込みはおそろしい。
原題を直訳すれば「息をする限界、万策つきた」ということだろうが、これを「勝手にしやがれ」とは名訳だ。英語の無粋な「Breathless」に比べればなおさら。