南島原市の史跡「山田右衛門作(えもさく)住居跡」です。
場所は説明し難いので割愛しますが、口之津町です。(島鉄の旧線路脇にあります。)
島原の乱に詳しい方はご存知だと思いますが、島原の乱唯一の生き残りがこの「山田右衛門作」さんです。
そういった糸口から調べてみるとこの人は大変面白いと言っては失礼ですが、紆余曲折を経た人生を送った方でした。
追々人物のカテゴリーを作って、詳しく解説したいと思いますが、今回は史跡としてご紹介します。
もとはポルトガル人に絵を習った南蛮絵師で、島原の乱が勃発するまではこの口之津に居を構え、絵を描いていました。
奥の立て看板の下に石碑がありますが、これは右衛門作の供養塔として遺されたものです。
場所は説明し難いので割愛しますが、口之津町です。(島鉄の旧線路脇にあります。)
島原の乱に詳しい方はご存知だと思いますが、島原の乱唯一の生き残りがこの「山田右衛門作」さんです。
そういった糸口から調べてみるとこの人は大変面白いと言っては失礼ですが、紆余曲折を経た人生を送った方でした。
追々人物のカテゴリーを作って、詳しく解説したいと思いますが、今回は史跡としてご紹介します。
もとはポルトガル人に絵を習った南蛮絵師で、島原の乱が勃発するまではこの口之津に居を構え、絵を描いていました。
奥の立て看板の下に石碑がありますが、これは右衛門作の供養塔として遺されたものです。