峠を越えると海が見える。晴れた空、定規で引いたかの如く水平線が際立って眩しい。得した気分で、今年度最後の小学校講師の仕事に就く。
5年生の授業。自分でも手応えを感じるのは、全員がローマ字入力に取り組み、タッチタイピングに挑戦してくれている。中には、中級の域に達し、積極果敢にブラインドタッチに励んでくれる子もいる。パソコン上達の秘訣は何よりキーボードを克服することである。ぼくの危惧を吹き飛ばして、ひたすら単調な基本練習を嫌がらずに努めてくれた彼らの底力はハナマルである。最上級生となる来年度に期待が持てるし、今までと異なる責任感も覚える。
で、今日は文節(言葉の区切り)を意識してもらう。子どもたちの癖と言えば、細切れ変換である。それも「今日は晴れです」を、「きょう」+「は」+「はれ」+「です」のように、変な箇所で区切って変換してしまう。だから、「は」は「歯」や「葉」となって苦しんでいる。そこで、「助詞」を含んで打ち込んでから変換するようアドバイスする。最近の日本語入力システム(IME)はAIを備えているので、主語と述語を含んだ一文を入力してから変換する方法がベストである。しかし、児童のテンポは早く、なかなかセッカチのようで、独特のリズム感からそうはならない。
「きしゃのきしゃがきしゃできしゃする」を入力し変換すると、一発で「貴社の記者が汽車で帰社する」になる感動を味わってもらう…、はずだったが、言葉の意味が難しかったようで、外してしまった。今どき、「汽車」はないかぁ。
さらに、文節の伸び縮みである。日本語は難しい。「きょうはいしゃにいく」が、「今日は医者に行く」にも、「今日歯医者に行く」にもなってしまう。それが面白いのでもあるが。自在に伸び縮みできるようレッスンに余念がない。例題は、「朝が楽しみだ」と「朝方のシミだ」ほかいくつか。普段の教室の感覚で思わず、「ブラシ忘れた」を口にしてしまったが、場所柄、これはNGである。すかさず話題を逸らしたが、耳聡い女子が聞きつけたものとみえ、しばらくしてから笑い出す子がいて冷や汗とともに反省する。
進む子と苦手な子の格差を埋めるのが本来の務めと思いつつ、これがなかなかに難しい。せめてパソコンの楽しみを感じてもらえたらと頑張ったが、やはり悔いが残る。毎年の感慨、この学校で4年生になるというのに…。それでも帰り道、5年生みんなの覇気をもらって、C-C-Bの、「ROMANTICが止まらない」を口ずさんでいた。