大腿骨近位部骨折術後早期のBI損失量に影響を与える因子の分析
<目的>
先の論文「大腿骨近位部骨折前のBarthel Index(BI)と認知症によるマトリックス分類とBI損失量分析」において、退院時BI損失量のバリアンス発生と術後1週目BI損失量との間に有意差がみられ、術後早期のBI損失量が予後を左右するクリティカルインディケーターと考えられる旨を報告した。そこで、今回はADLがほぼ自立し、認知症がないA群を対象とし、術後1週後BI損失量が75以上の群を初期バリアンス群とし、70以下の非初期バリアンス群とを各種観察項目で比較検討することで、初期バリアンスに影響を与える因子を明らかにすることを目的とした。
<方法>
対象は、急性期病院での観察項目が記載されているパス番号2850~2980のA群73例(バリアンス群13例、非バリアンス群60例)とした。観察項目は、院内パスに記録されている術後リハ開始時期、移乗開始時期、フォーレ抜去時期、せん妄、輸血、安静時痛、荷重時痛、全荷重、危険行動、麻薬の使用、アセトアミノフェン・フェンタニルの使用とし、初期バリアンス群と非初期バリアンス群とを統計学的に比較した。
さらに、表記の検討で術後リハビリテーション開始時期が初期バリアンス発生に影響を与えていることが示唆されたため、リハビリテーション開始時期が術後1-2日の群と3日以上の群とに分類し、各種観察項目の出現頻度を統計学的に比較した。
群間の比較検定には比率を比較するのにはFisherの正確検定、連続変数を比較するにはt検定を用いた。有意水準は危険率1%以下とした。
<結果>
術後1週後BI損失量が75以上の初期バリアンス群と非初期バリアンス群との比較では、初期バリアンス群の術後リハビリテーション開始時期、移乗開始時期、フォーレの抜去時期が非バリアンス群に比し長く、有意差がみられた。その他の観察項目のなかでは、せん妄、輸血、危険行動が初期バリアンス群で有意に多いという結果であった。一方で安静時痛、各種鎮痛剤の使用、術前白血球数に関しては、初期バリアンス群と非初期バリアンス群間に有意差はなかった(表1)。
リハビリテーション開始時期が2日以内群と3日以上群との比較では、移乗開始時期、フォーレ抜去時期に有意差がみられたが、その他の観察項目においては有意差がみられなかった(表2)。
<考察>
先の論文では、退院時のBI損失量バリアンス群と非バリアンス群の間で術後1週目のBI損失量に有意差がみられ、術後1週目BI損失量はバリアンス発生に有意に影響を与えていたことを報告した。そこで、今回は術後1週目BI損失量75以上を初期バリアンス群とし、非初期バリアンス群と各種観察項目を統計学的に比較してみた。結果として、初期バリアンス群は非初期バリアンス群に比し、術後リハビリテーションが1.2日、移乗の開始時期が1.7日、フォーレの抜去時期が2.1日と有意に長かった。このことからリハビリテーションや移乗の開始時期、フォーレの抜去時期の遅れが術後1週後BI損失量に影響していることが示唆された。また、初期バリアンス群には、せん妄、輸血、危険行動が非初期バリアンス群に比しより多くみられ有意差があったが、安静時痛、各種鎮痛剤の使用、術前白血球数に関しては、両群間に有意差はなかった。
さらに、リハビリテーション開始時期が遅れる要因を分析するだめに、リハビリテーション開始時期が2日以内と3日以上とに分類し比較してみた。リハビリテーション開始時期(平均値は術後1.7±1.1日)が3日以上の患者群では、リハ開始時期1-2日群に比し、移乗開始時期が4±1.4日、フォーレ抜去時期も4.8±1.8日と長期化しており、リハビリテーション開始が遅れることが移乗開始、フォーレ抜去時期にも影響していることが示唆された。一方でリハビリテーション開始時期と、せん妄、輸血、危険行動、安静時痛、荷重痛との関連性は認められなかった。
以上より、術後1週目BI損失量が75以上の初期バリアンス発生にリハビリテーション開始時期などの遅れが影響していることが示唆されたが、リハビリテーション開始などが遅れる要因については今回のデータからは明らかにはできなかった。
<結論>
- 術後1週目BI損失量が75以上の初期バリアンス群では、リハビリテーションなどの開始時期が非初期バリアンス群に比し有意に長く、ハビリテーション開始の遅れが初期バリアンス発生に影響していることが示唆された。
- リハビリテーション開始時期と移乗開始時期、フォーレ抜去時期とには関連性が示唆された。
- せん妄、輸血、荷重時痛は初期バリアンス群に有意に多くみられたが、リハビリテーション開始時期との間では有意差はなかった。
- 安静時痛、荷重時痛、各種鎮痛剤の使用に関しては、初期バリアンス群、非初期バリアンス群間に有意差はなかった。
表1:初期バリアンス群と非初期バリアンス群における各種観察項目の比較
非バリアンス群 |
バリアンス群 |
有意差 |
|
例数 |
60 |
13 |
|
年齢 |
82.5±6.9 |
86.5±7.3 |
なし |
術後リハ開始時期(日数) |
1.5±0.9 |
2.7±1.6 |
あり |
移乗開始時期(日数) |
2.8±1.1 |
4.5±2.1 |
あり |
FL抜去時期(日数) |
3.3±1.5 |
5.4±1.7 |
あり |
術前WBC |
9470±347 |
8580±283 |
なし |
せん妄 |
13(21.7%) |
8(61.5%) |
あり |
輸血 |
13(22%) |
7(53.8%) |
あり |
安静時痛 |
3(5%) |
1(7.7%) |
なし |
荷重時痛 |
53(88.3%) |
7(53.8%) |
なし |
全荷重 |
55(91.7%) |
8(61.5%) |
なし |
危険行動 |
2(28.6%) |
5(71.4%) |
あり |
座薬の使用 |
20(90.9%) |
2(9.1%) |
なし |
アセリオの使用 |
26(92.9%) |
2(7.1%) |
なし |
表2:リハビリテーション開始時期が術後2日以内と3日以上との群間比較
リハ開始1~2日 |
リハ開始3日以上 |
有意差 |
|
例数 |
54 |
19 |
|
移乗開始時期 |
2.8±1.4 |
4.0±1.4 |
あり |
フォーレ抜去時期 |
3.2±1.5 |
4.8±1.8 |
あり |
せん妄 |
12(22.2%) |
9(47.4%) |
なし |
輸血 |
12(22.6%) |
8(42.1%) |
なし |
危険行動 |
4(7.4%) |
3(15.8%) |
なし |
安静時痛 |
2(3.7%) |
2(10.5%) |
なし |
荷重時痛 |
46(85.2%) |
14(73.7%) |
なし |