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##前文
鶴岡地区では約20年前から「Net4U」という医療情報ネットワークを導入し、病診連携や多職種連携を進ませるツールとして活用してきた。最近では山形県内の別のネットワークとも相互に連携し、二次医療圏をまたいで患者情報がどこでも確認できるようになっている。Net4Uをはじめとした医療情報の開示や今後の課題について、一般社団法人鶴岡地区医師会理事の三原一郎氏に話を聞いた。(2019年10月7日インタビュー、計3回連載の3回目)
##本文
――鶴岡地区では2000年から医療情報ネットワーク「Net4U」を運用していますが、現状の利用率などはいかがでしょうか。
Net4U(the New e-teamwork by 4Units)の新規登録患者数はのべ6万人で、毎月500人ペースで新規に登録され、毎年コンスタントに増えています。現在129の施設が参加しており、その内訳は病院が6、診療所が33、歯科が12、薬局が27、訪問看護・リハビリが8、訪問入浴が2、居宅介護支援事業所が25、地域包括支援センターが4、特養が3、老健が2、その他が7です。医療系と介護系にまんべんなく入ってもらっていますね。ただし地域のほとんどの施設が参加しているわけではなくて、介護系の参加率は比較的高いものの、診療所や調剤薬局は3割くらいで、歯科はもっと少ないです。まとめると、Net4Uは地域で普及していてバランスのとれた構成になっているのだけど、全部の施設で使われているわけではないという状況です。
職種の内訳を見ると、全体の35%を介護職が占め、次に看護師が33%、医師が15%で、そのほか薬剤師、歯科、リハビリの順で多いです。一般的にこういったネットワークでは医師や看護師の参加率が高いですが、介護職が一番多いというのは鶴岡地区ならではの特徴ですね。これは緩和ケアのプロジェクトの際に地域連携室が介護職に働きかけをして導入を促したという活動の成果だと思います。ユーザー数の推移を見ても介護職はずっと増え続けています。ただし、介護職は閲覧しているけれども書き込む数は少ないのです。最近フェイスシートやACPの項目を追加したので、今後は書き込みが増えてくるかもしれません。
現状、Net4Uを使って主に情報発信をしてくれているのは訪問看護師です。書き込み数も多いし、看護師は職種の特性として記録することに抵抗がないのだと思います。自分が得た情報をちゃんと伝えたいという想いがあるのでしょう。在宅医療における中心的な役割を担うのは訪問看護師なので、彼らが情報をしっかり発信してくれれば在宅医療のコミュニケーションツールとして十分成り立つとは思っています。
問題は医師です。業務の特性もあり、書き込みの絶対数で見れば医師が一番多いのですが、トレンドとしては医師の書き込み数は減ってきています。また医師が登録する患者数も減ってきていて、近年では看護師による登録に抜かれてしまっている状況です。つまり、医師のNet4U利用は限定的で、しかも利用する医師数が増えていないのです。医師にもっと使ってもらうための活動が必要です。
――医師のNet4U利用が下火になっている理由は何が考えられるのでしょうか。
Net4Uは構築から約20年経っていますので、昔から使っていたヘビーユーザーが引退したことが一つ。そして若い医師がNet4Uにあまり興味を示さないことも一つの理由です。コミュニケーション自体は電話などで取ることができますから。「わざわざ面倒くさいことをしなくてもいいんじゃないか」と考える人が多いのかもしれません。Net4Uでの密度の高いコミュニケーションを経験していないと、なかなかその意義を実感できないのかもしれません。こちらのPR不足もあると思います。こういったネットワークへの医師の参加率が低いことは当地区に限ったことではなく全国的な傾向ではありますが、まだまだ頑張らないといけないと思っています。
――2010年代に入ってからNet4Uを全面改訂したそうですね。
そうです。地域医療のニーズに合わせて、病診連携から多職種連携をメインに改訂を行いました。Net4Uが始まった2000年は病診連携に注目が集まっていた時代で、それを目指して開発されたのですが、例えば、病院に紹介するときにNet4Uを使っても病院の先生方がほとんど見てくれないという状況が続いていました。
Net4Uの構築からちょうど10年が経ったころに「これはなかなか厳しいね」という話になって、これからは在宅医療、多職種連携の時代だということで「医療と介護を繋ぐヘルスケア・ソーシャル・ネットワーク」として、ゼロから新しく作り直してもらいました。なぜかというと、旧Net4Uは経産省の事業で構築したシステムだったのですが、運用していくうちに業者が手を引いてしまっていたのです。サーバーは動いてはいるけれども、壊れたらおしまいという状況でしたので、リプレースが喫緊の課題でした。そこで、当地区医師会のITパートナーでもある㈱ストローハットという小さな会社に開発を依頼し、あらたにシステムを開発してもらいました。
――Net4Uは酒田の「ちょうかいネット」ともリンクし、庄内医療圏全体で情報連携ができるようになったそうですね。
山形県には4つの医療圏ごとに独立した医療情報ネットワークがあります(庄内;ちょうかいネット、最上;もがみネット、置賜;おきねっと、村山;べにばなネット)。それらのネットワークはID-Linkやhuman-bridgeという仕組みで動いています。基本的な機能は、病院の電子カルテを診療所や他の病院から閲覧できるようにしたものです。医療圏毎に協定を結び、医療圏を越えても連携も2019年5月から動き始めました。県内一円でどこからでも患者さんのデータが見られるという、全国的にも珍しい取り組みです。
ちょうかいネットのメリットとして、例えば荘内病院から日本海総合病院に急患を送る場合、患者の到着前にCTなどの画像や検査データを確認し、準備しておくことができます。また、開業医が紹介した患者について、病院で行われた検査や処方の情報に加え、主治医がどのように考えたのかという所見情報も閲覧することができます。逆に病院から退院して地域に戻るケースでは、入院時の情報は、開業医のみならず訪問看護師や介護職にとっても重要です。退院時カンファレンスを開くまでもない患者は多くいますが、いちいち病院に問い合わせなくても見れば分かるというメリットがあります。
――それは非常に有益ですね。何か課題はあるのでしょうか。
利用している医療機関がまだ多くないことと、病院が看護サマリの情報を開示しなくなったことが問題です。実は最近、介護施設が病院の看護サマリを見て入所させるかどうかの判断に使っていたという事例があり、病院側が「それはけしからん」ということで開示をしないことになってしまいました。確かに患者さんの同意を取る前のフライング行為なのでこれは問題です。一方で、医療と介護の連携の面からは、看護サマリが見られない状況というのは時代に逆行しています。医師会としては開示を再開する方向でお願いをするとともに、介護施設に対しては運用ルールをきちんと確認するよう指導しています。
――最後に、今後の医療情報の共有などについて先生の考えをお聞かせください。
医療情報というのは相互にやり取りすることができてこそ、医療の質や安全性を高めるための有効活用ができるのです。ですから、医療機関がもっと積極的にNet4Uやちょうかいネットなどの情報システムを使って欲しいですね。Net4Uが当初目指したのは「1地域/1患者/1カルテ」、つまり個人の情報をずっと一貫した情報として相互に活用し、より質の高い安全な医療を目指すという構想なのです。そのためにまずは医療者の意識を上げなければいけないと思います。また、市民にも医療に関する情報は、共有・活用した方が実は安心・安全な繋がることを理解して欲しいです。ただでさえ日本の医療界はIT化がとても遅れていて、いまだに紙とFAXが幅を利かせていますからね。
2019年6月18日の深夜に起きた山形県沖地震は、大々的に報道されましたが、実際には鶴岡市内ではほとんど被害はありませんでした。今後、震災が起こった時にNet4Uが活用できるかというと、現時点ではあまり期待できそうもありません。Net4Uにあるデータは、一部また限られた情報に過ぎないからです。一方で、ちょうかいネットは電子カルテそのものの閲覧ですので、活用できるのではないかと思います。
医療情報がバラバラに点在し、統合されていないというのが日本の医療情報の最大の欠点です。せめて処方薬のデータだけでも地域の中でどこからでもアクセスできるような仕組みがあれば。そうすれば、重複した薬を処方しようとしたときにアラートを出すなどのシステムにも使え、ポリファーマシーや残薬の問題も解決でき、ひいては医療費の削減にもなります。また、情報もなく救急搬送された事例でも、内服している薬が分かるだけでも現場ではかなり助かります。個人情報の壁はありますが、国民のコンセンサスを得て実現できないものでしょうか。そういった議論が始まってくれればと切に願っています。
◆三原一郎(みはら・いちろう)氏
東京慈恵会医科大学を1976年に卒業し、同大の皮膚科に入局。1979~81年にニューヨーク大学に留学し、皮膚病理学の研鑚を積む。帰国後は東京慈恵会医科大学附属病院での勤務を経て、1993年に郷里の山形県鶴岡市で三原皮膚科を開業。1996年に鶴岡地区医師会理事、同情報システム委員長に就任。その後、山形県医師会常任理事、日本医師会のIT関連の委員会委員等を経て、2012年度に鶴岡地区医師会会長に就任。現在は鶴岡地区医師会の理事を務める。
【取材・文・撮影=伝わるメディカル 田中留奈】
https://www.m3.com/news/kisokoza/712911
##前文
鶴岡地区では約20年前から「Net4U」という医療情報ネットワークを導入し、病診連携や多職種連携を進ませるツールとして活用してきた。最近では山形県内の別のネットワークとも相互に連携し、二次医療圏をまたいで患者情報がどこでも確認できるようになっている。Net4Uをはじめとした医療情報の開示や今後の課題について、一般社団法人鶴岡地区医師会理事の三原一郎氏に話を聞いた。(2019年10月7日インタビュー、計3回連載の3回目)
##本文
――鶴岡地区では2000年から医療情報ネットワーク「Net4U」を運用していますが、現状の利用率などはいかがでしょうか。
Net4U(the New e-teamwork by 4Units)の新規登録患者数はのべ6万人で、毎月500人ペースで新規に登録され、毎年コンスタントに増えています。現在129の施設が参加しており、その内訳は病院が6、診療所が33、歯科が12、薬局が27、訪問看護・リハビリが8、訪問入浴が2、居宅介護支援事業所が25、地域包括支援センターが4、特養が3、老健が2、その他が7です。医療系と介護系にまんべんなく入ってもらっていますね。ただし地域のほとんどの施設が参加しているわけではなくて、介護系の参加率は比較的高いものの、診療所や調剤薬局は3割くらいで、歯科はもっと少ないです。まとめると、Net4Uは地域で普及していてバランスのとれた構成になっているのだけど、全部の施設で使われているわけではないという状況です。
職種の内訳を見ると、全体の35%を介護職が占め、次に看護師が33%、医師が15%で、そのほか薬剤師、歯科、リハビリの順で多いです。一般的にこういったネットワークでは医師や看護師の参加率が高いですが、介護職が一番多いというのは鶴岡地区ならではの特徴ですね。これは緩和ケアのプロジェクトの際に地域連携室が介護職に働きかけをして導入を促したという活動の成果だと思います。ユーザー数の推移を見ても介護職はずっと増え続けています。ただし、介護職は閲覧しているけれども書き込む数は少ないのです。最近フェイスシートやACPの項目を追加したので、今後は書き込みが増えてくるかもしれません。
現状、Net4Uを使って主に情報発信をしてくれているのは訪問看護師です。書き込み数も多いし、看護師は職種の特性として記録することに抵抗がないのだと思います。自分が得た情報をちゃんと伝えたいという想いがあるのでしょう。在宅医療における中心的な役割を担うのは訪問看護師なので、彼らが情報をしっかり発信してくれれば在宅医療のコミュニケーションツールとして十分成り立つとは思っています。
問題は医師です。業務の特性もあり、書き込みの絶対数で見れば医師が一番多いのですが、トレンドとしては医師の書き込み数は減ってきています。また医師が登録する患者数も減ってきていて、近年では看護師による登録に抜かれてしまっている状況です。つまり、医師のNet4U利用は限定的で、しかも利用する医師数が増えていないのです。医師にもっと使ってもらうための活動が必要です。
――医師のNet4U利用が下火になっている理由は何が考えられるのでしょうか。
Net4Uは構築から約20年経っていますので、昔から使っていたヘビーユーザーが引退したことが一つ。そして若い医師がNet4Uにあまり興味を示さないことも一つの理由です。コミュニケーション自体は電話などで取ることができますから。「わざわざ面倒くさいことをしなくてもいいんじゃないか」と考える人が多いのかもしれません。Net4Uでの密度の高いコミュニケーションを経験していないと、なかなかその意義を実感できないのかもしれません。こちらのPR不足もあると思います。こういったネットワークへの医師の参加率が低いことは当地区に限ったことではなく全国的な傾向ではありますが、まだまだ頑張らないといけないと思っています。
――2010年代に入ってからNet4Uを全面改訂したそうですね。
そうです。地域医療のニーズに合わせて、病診連携から多職種連携をメインに改訂を行いました。Net4Uが始まった2000年は病診連携に注目が集まっていた時代で、それを目指して開発されたのですが、例えば、病院に紹介するときにNet4Uを使っても病院の先生方がほとんど見てくれないという状況が続いていました。
Net4Uの構築からちょうど10年が経ったころに「これはなかなか厳しいね」という話になって、これからは在宅医療、多職種連携の時代だということで「医療と介護を繋ぐヘルスケア・ソーシャル・ネットワーク」として、ゼロから新しく作り直してもらいました。なぜかというと、旧Net4Uは経産省の事業で構築したシステムだったのですが、運用していくうちに業者が手を引いてしまっていたのです。サーバーは動いてはいるけれども、壊れたらおしまいという状況でしたので、リプレースが喫緊の課題でした。そこで、当地区医師会のITパートナーでもある㈱ストローハットという小さな会社に開発を依頼し、あらたにシステムを開発してもらいました。
――Net4Uは酒田の「ちょうかいネット」ともリンクし、庄内医療圏全体で情報連携ができるようになったそうですね。
山形県には4つの医療圏ごとに独立した医療情報ネットワークがあります(庄内;ちょうかいネット、最上;もがみネット、置賜;おきねっと、村山;べにばなネット)。それらのネットワークはID-Linkやhuman-bridgeという仕組みで動いています。基本的な機能は、病院の電子カルテを診療所や他の病院から閲覧できるようにしたものです。医療圏毎に協定を結び、医療圏を越えても連携も2019年5月から動き始めました。県内一円でどこからでも患者さんのデータが見られるという、全国的にも珍しい取り組みです。
ちょうかいネットのメリットとして、例えば荘内病院から日本海総合病院に急患を送る場合、患者の到着前にCTなどの画像や検査データを確認し、準備しておくことができます。また、開業医が紹介した患者について、病院で行われた検査や処方の情報に加え、主治医がどのように考えたのかという所見情報も閲覧することができます。逆に病院から退院して地域に戻るケースでは、入院時の情報は、開業医のみならず訪問看護師や介護職にとっても重要です。退院時カンファレンスを開くまでもない患者は多くいますが、いちいち病院に問い合わせなくても見れば分かるというメリットがあります。
――それは非常に有益ですね。何か課題はあるのでしょうか。
利用している医療機関がまだ多くないことと、病院が看護サマリの情報を開示しなくなったことが問題です。実は最近、介護施設が病院の看護サマリを見て入所させるかどうかの判断に使っていたという事例があり、病院側が「それはけしからん」ということで開示をしないことになってしまいました。確かに患者さんの同意を取る前のフライング行為なのでこれは問題です。一方で、医療と介護の連携の面からは、看護サマリが見られない状況というのは時代に逆行しています。医師会としては開示を再開する方向でお願いをするとともに、介護施設に対しては運用ルールをきちんと確認するよう指導しています。
――最後に、今後の医療情報の共有などについて先生の考えをお聞かせください。
医療情報というのは相互にやり取りすることができてこそ、医療の質や安全性を高めるための有効活用ができるのです。ですから、医療機関がもっと積極的にNet4Uやちょうかいネットなどの情報システムを使って欲しいですね。Net4Uが当初目指したのは「1地域/1患者/1カルテ」、つまり個人の情報をずっと一貫した情報として相互に活用し、より質の高い安全な医療を目指すという構想なのです。そのためにまずは医療者の意識を上げなければいけないと思います。また、市民にも医療に関する情報は、共有・活用した方が実は安心・安全な繋がることを理解して欲しいです。ただでさえ日本の医療界はIT化がとても遅れていて、いまだに紙とFAXが幅を利かせていますからね。
2019年6月18日の深夜に起きた山形県沖地震は、大々的に報道されましたが、実際には鶴岡市内ではほとんど被害はありませんでした。今後、震災が起こった時にNet4Uが活用できるかというと、現時点ではあまり期待できそうもありません。Net4Uにあるデータは、一部また限られた情報に過ぎないからです。一方で、ちょうかいネットは電子カルテそのものの閲覧ですので、活用できるのではないかと思います。
医療情報がバラバラに点在し、統合されていないというのが日本の医療情報の最大の欠点です。せめて処方薬のデータだけでも地域の中でどこからでもアクセスできるような仕組みがあれば。そうすれば、重複した薬を処方しようとしたときにアラートを出すなどのシステムにも使え、ポリファーマシーや残薬の問題も解決でき、ひいては医療費の削減にもなります。また、情報もなく救急搬送された事例でも、内服している薬が分かるだけでも現場ではかなり助かります。個人情報の壁はありますが、国民のコンセンサスを得て実現できないものでしょうか。そういった議論が始まってくれればと切に願っています。
◆三原一郎(みはら・いちろう)氏
東京慈恵会医科大学を1976年に卒業し、同大の皮膚科に入局。1979~81年にニューヨーク大学に留学し、皮膚病理学の研鑚を積む。帰国後は東京慈恵会医科大学附属病院での勤務を経て、1993年に郷里の山形県鶴岡市で三原皮膚科を開業。1996年に鶴岡地区医師会理事、同情報システム委員長に就任。その後、山形県医師会常任理事、日本医師会のIT関連の委員会委員等を経て、2012年度に鶴岡地区医師会会長に就任。現在は鶴岡地区医師会の理事を務める。
【取材・文・撮影=伝わるメディカル 田中留奈】
https://www.m3.com/news/kisokoza/712911