”しんさん”のよもやま話

僕のビジネス感や社会現象に対する意見とかを趣味のヨットやゴルフ等の話を織り交ぜながらよもやま話的に発信します。

しんさんのよもやま話

2009年06月26日 22時21分27秒 | Weblog

6月26日(金)曇

今日も12年もうちの会社に出向して情報システムの手伝いをしていただいた方の出向元への復帰に伴う送別会でした。今年は節目なのか長年我々の仕事を専門知識を持って手伝ってくれていた人達が復帰していきます。もっともその間あとから来た人達が育っているので仕事の心配はしていませんがさびしい感じもします。


ところで昨日の補足です。日本人の起源について話していました。その中で縄文人と弥生人の話がでてきました。元々南西諸島からやってきた縄文人が日本の原住民でした。そこに紀元前1000年ぐらいまえから揚子江流域の稲作農耕民である弥生人が山東半島や朝鮮半島経由で北九州や出雲地方にやってきました。彼らの船はあまり大きくない船なので一度に来る数は少なかったと思われます。それと厳しい航海を乗り越えなければならないことから女性の渡来民は少なかったと思われます。そのため彼らの技術は伝わりましたが縄文人の中での生活となって言語は伝わらず、縄文語がそのまま残っていったようです。したがって日本語は中国や朝鮮の言葉とはまったく違った縄文語をベースとした言語として発達したようです。縄文語が色濃く残っているのは奄美諸島や東北地方で弥生人が入植してきた九州北部から近畿、東海は弥生人の発音の縄文語になったと言われています。その一番の例が関西弁で彼らの発音のアクセントは中国語の四つの声調の名残があるようです。したがって技術や文化は大陸から伝わってきたけど、日本古来の縄文人の言語や風習を取り入れた弥生人ができあがったようです。

中国や朝鮮では日本人の起源は自分達だと言った傲慢な考えで属国的見方をするけしからん人達がいるそうですが、日本人は彼らとはまったく違った発展をした民族だと僕は思います。少なくとも魚と米を主食とする民族は他にはあまりないでしょうし、縄文人の魚貝類と弥生人のお米が融合した独特の文化だと思います。

余計な補足だったかもしれません。
明日はゴルフの予定なのでもう終わりにします。それではまた。