チェロ弾きの哲学ノート

徒然に日々想い浮かんだ断片を書きます。

ブックハンター「ヴァイオリン体操」

2014-11-05 13:57:53 | 独学

 65. ヴァイオリン体操 (神原泰三著 2001年5月)

 『 剣聖といわれる宮本武蔵は、「五輪の書」の中で、構えについて次のような主旨のことを語っています。「実戦のときはことさら構えようといてはいけない。剣は持ちやすいように持ち、心のおもむくままに相手に立ち向かえばよい」というような事柄です。そして、構えることにとらわれるとそれが居着きになり、瞬間的な対応ができなくなると説明しています。

 しかし一方、鍛錬に於いては、上、中、下段の構え、そして左右の脇構えの五つの構えを通じて、「刃筋の通し方」や「心構え」「気構え」などを学ぶことの必要性を説いています。

 というのも、構え方によって、心構えや気構えも変わり、刀の操法も違ってくるので、五つの基本の形を通じて心と刀のコントロールの仕方を身につけて、どのようなケースにも対応できる備えをしておくことが大切だということです。そしてその鍛錬の中から、刀の操法の原理原則を体で覚えてしまえば、それ以上は形にとらわれる必要はないとむすんでいます。

 自在なボウイングの構えを身に着けるために、いくつかの基本的な形による、目的別のボウイングのトレーニング法があってもいいのではないかと思います。体のいろいろな使い方を身につけることによって、構えも柔軟になり、奏法の幅も広がるはずです。

 たとえば古澤巌氏(ヴァイオリニスト)は、居合い(剣術の一種)を習いはじめてから、演奏の体の使い方が豊かになったといわれれていますが、その道の名人たちがつくりあげた形を通して、多くのことが学べることと思います。そしてそれを、一つのメソードとして開発すると面白いのではないかとおもいます。

 そしてそれは、武術や舞、礼法や所作事(歌舞伎で演じられる舞踊)など、すべてにおいて形を通して文化を継承してきた、日本においてうまれるかもしれません。

 日本文化はまさに形の文化であり、武術や芸事の世界では、流派の理念、技術、精神などのエッセンスを結晶化した形を編みだして、後世に伝えようとしてきました。 』

  

 ヴァイオリンやチェロなどの弦楽器の演奏に於いては、右手の弓の操法が全体の八割であるとも言われてます。武道における刀とヴァイオリンにおける弓の対比は、興味深いものがあります。日本刀の長さは、70~80cm、ヴァイオリンの弓は74~75cmで、二つの長さは、偶然にも近く、日本刀もヴァイオリンの弓も自在に操ることは、鍛錬を必要とし、奥深いものがあります。

 日本刀は重さがありますので、両手で構えますが、いかなる瞬間、場面にも、自在に対応できることを必要とします。一方、ヴァイオリンは弓を右手で持ちますが、音は最初に、弦と弓の毛(松脂を少しぬる)の摩擦によって、弦を振動させ共鳴板を響かせます。

 このとき弓も振動させるので、弓を自在にコントロールする必要がありますが、弓を自由に振動させるために、小鳥を包むように(種火を持つように)柔らかく持つ必要がありますが、かつ、75cmの弓を正確に、リズミカルに弾かなければなりません。チェロの弓は、少し短く70cmほどですが、同様です。名演奏に於いては、弓の動きだけでもすでに音楽を奏でているのかもしれません。

 

 『 「本当だが不思議だ」セミナーに参加された方は、構えのポイントを整えたり体のつながりを高める体操をしたあとの、音の変化に驚かれます。無理もありません。指導している私自身が、最初のうちは毎回のように驚いていたのですから、しかしよく考えてみると、不思議でも何でもないことがわかります。

 演奏動作を円滑に行えるように体のコンディションを整えていくわけですから、変化がおきるのがむしろ当然だと言えます。そしてこのことは、これまでヴァイオリニストの人たちが、いかに体の調整に無頓着であったかということの表れで、首や肩、腰などが硬い人が多いのが気になります。

 体が全体に硬いというのは、サイドブレーキをかけた状態で車の運転をしているようなものです。体操の効用としてもう一つ見過ごしにできないのが、精神面でのリラクゼーション効果です。というのも、ヴァイオリンの演奏には高度の集中力が要求されるので、ともすると神経過敏に陥りやすい傾向があるように思うからです。

 良いパフォーマンスを行うためには、緊張感をもつことが必要ですが、しかし、冷静さを失った神経のたかぶりは、筋肉を緊張させて体の緻密なコントロールをできなくしてしまいます。

  これまでヴァイオリニストの人たちに体操の指導を行ってきた経験からいえることは、多くの人が首や肩、そして肘などにストレスをかかえており、それによって拘束された構え方や弾き方になっているからです。たとえば、上背部にストレスがたまり背骨の動きが悪くなっている人や、首や肩にかけて凝りがあり腕の動きが制限されている人などが目につきます。そのため、どこか窮屈な弾き方になっています。 』

 

 『 ヴァイオリンの巨匠アーロン・ローザンドが、弦楽専門誌「ストリング」のインタヴューの中で、「ヴァイオリニストは、その構え方で八割がた決まる」と話されています。それぐらい構え方を重要視されており、彼のヴァイオリンの師匠である、ハイフェッツの演奏の写真をいつもヴァイオリンケースに入れて持ち歩いているとのことです。

 実際に一流のプロと呼ばれる人たちの構えは、楽器が体の一部のように感じられるぐらい自然で力みがなく、しかも一分のスキもかんじられません。そして構えに独特の美しさがあります。外見は凛としていながら、体の内側は柔らかく息づいているように感じられ何とも魅力的です。

 構えでの第一の原則は、背すじを、つねにスッキリとさせておくことです。骨格の中心軸である背骨は体の左右のバランスをとる働きもしています。背すじをしっかり通していれば体の左右のバランスがとれ、全身の力を効率よく弓に乗せることができます。

 背骨は、24個の骨(推骨)が積み重なってできており、必要に応じて動けるように造られています。また、演奏中は体の左右のバランスが絶えず変化していますが、体の軸である背骨が柔軟に働くことで全体のバランスがとれています。

 第二の原則は、直立の姿勢にまつわるものです。私たちの体をたえず地球の中心に向かって引っぱっている、重力とうまく調和して立つことです。それは、直立姿勢を獲得したときからの人類の課題であり、背すじを通すことと密接な関係にあります。

 さて、試行錯誤のすえに到達した先人の結論は、重力とうまく調和するためには、体の上下の中心(百会と会陰)を貫く一本のライン(中心線)を意識して、その中心線を重力線と重ね合わせるようにすることで、重量の影響を最小にすることがポイントとなります。

 そして、頭頂がうえにつられているようにイメージして、背骨をぶら下げるような感じで立つようにします。ところで、地上に存在するすべての物は、重力に対抗するために、上部よりもそれを支えている下部の方がしっかりしていなくては安定していられません。つまり構えにも、体の上下で質感が違っていることが求められます。

 それを一言で言い表した言葉が、「上虚下実」であり、上半身はリラックスしていて、下半身はしっかりと安定していることが理想であるという意味です。しかし、楽器を胸より高い位置で構えて両手を激しく使うヴァイオリンの演奏では、ともすると上半身が緊張し、「上実下虚」の構えに陥りやすいものです。

 体の構えを形づくるのは、骨格筋の働きです。それは、屈筋(体の前面および手足の内側の筋肉)と伸筋(体の背面および手足の外側の筋肉)という、二種類の筋肉によって支えられています。また体の動きは、体の前後に分かれているこの二種類の筋肉が対になって働くことでうみだされます。そのため構えの第三の原則は、屈筋と伸筋のバランスをとることであり、この対になっている二種類の筋肉の働きを調和させることが、構えと動作において大切なポイントとなります。

 精妙な手の動きを可能にするためには、その支点となる体の部分がしっかりと安定している必要があります。体の内側は、流動的で活発な状態であるのが構えの極意だといえます。「静と動が一致した構え」といったらいいかもしれません。そしてそれが、一流といわれる人たちが身につけている構えです。なぜなら、その内面の柔らかさが滑らかな手の動きをうみだす原動力になるからです。

 健康面からいっても、体の内部が硬くなっているときは、血液や体液の循環、内臓の働きも健全に行われません。そのために、体の内側を柔軟に保つことが、構えの第四番目の原則となります。体の内部が柔らかく流動的な人は、ヴァイオリンを構えた状態から、予備動作なしで、いきなりトップ・スピードの動きをおこせることです。

 そのためには、普段から深くおだやかな呼吸を心がけるとともに、体の内部に意識を向けて、そこに充満しているエネルギーを感じてみることです。以上が演奏力を高める構えの四大原則です。 』

 

 『 構えをきちっと整えるための最も重要なチェックポイントは、四ヶ所あります。それは、首、肩、腰腹、下肢の構え方に関連することであり、この四ヶ所の構えが、すべての構えの急所といえます。

 この四ヶ所の構えのポイントは、体の設計どおりに、頭と体、体と四肢を正しく連結し、重心をきちっと定めて、体がフルに働けるようにしようということであり、それによって、全身が一丸となって動けるようになります。

 首は、頭を支えるとともに、頭と胴体のバランスをとる役割をしています。つまり、「上半身の構えを整える要」といえます。首の構えが悪いと、肩や胸などの筋肉に余分な負担がかかってきます。

 また手の動きは、第五頸髄神経から第一胸髄神経までの、腕神経叢の働きによって行われるため、首すじのストレスはその神経の働きにダイレクトに影響をおよぼして、手の動きを悪くします。さらには、脳の血液の循環も悪くなり、意識の明晰さが失われます。

 この首の構えは、構えの根本原則である背すじを通すことと密接に関連しています。さらに、「首は気力のバロメーター」とも言われ、首の構えを最初にチェックするのが合理的です。

  二番目は、肩の構えで、首のつけ根をつり上げ、胸の中央を開き、肩の感覚は、ゆるみ広がっている感じがあることです。なぜなら、腕のつけ根である肩がリラックスしてないと、腕を自由に動かせないからです。首のつけ根の大椎のツボを活性化することで肩や肘を楽に持ち上げることができるからです。

 肩の構えにおける、もう一つのポイントは、両肩の協調性ということです。なぜなら、骨格は背骨を中心に左右対称に作られており、両肩はお互いにバランスをとりあうように設計されているからです。

 ヴァイオリンは、左右の手を別々に独立して、演奏するため、両肩のつながりが希薄になり、左右のアンバランスが生じます。肩の構えの第二のポイントは、両肩をまるく合わせるように構えるとともに、胸の中央を開いて両手の間にエネルギーのサークルを意識して構えます。古武術ではそのような両腕や両肩の構えを「円相水走りの構え」と呼んで、構えの極意の一つとしています。

  三番目は、腰腹の構えで、大切なポイントは、腰と腹は協力し合って上半身を支えており、首と腰腹の連携プレーで、上半身のバランスを巧みにとる役割をしています。また、腰は足の爪先と関連して働き、腹は踵と関連して働くため、腰腹のバランスが悪いと、足裏のバランスが悪くなります。

  ヴァイオリンの楽な構え方は、腰のウエスト部分をしゃんとさせて、腰でヴァイオリンを支えるようにすることだといえます。それとともに、腹でヴァイオリンの重さを受けとめるようにして、腰腹のバランスをとることが大切です。

  四番目は、下肢の構えで、楽に立つことが、気持ちよく演奏するための第一条件です。武道の世界では、「足の構えの良し悪しで技の成否が決まるとまでいわれています。下肢の役割は、上半身を支えるとともに体を移動させることにありますが、下肢の構造は歩くことに重点がおかれており、いささか不安定な土台であって、長い時間、楽に立ち続けるには技術を要します。

 理想的な立ち方は、歩いているときと同じような感じで立つということです。具体的にいうと、軽快に歩いているときと同じように、股関節をはじめ膝や足首などの関節をリラクッスさせて立つことです。そして、足の裏と脚のつけ根の股関節との間につながりが感じられるような、下肢全体に弾力がある立ち方が理想だといえます。

 そのなかでも、ポイントは股関節のコンディションの整え方です。なぜなら、股関節は骨盤と下肢の動きを連動させる要であり、足腰の動きの主宰者であるからです。また、膝の関節が一方向にしか曲がらない実直な関節であるのに対して、股関節と足首は、さまざまに角度を変えて下肢のバランスをコントロールしています。

 股関節のコンディションの良し悪しが、足腰の滑らかさを決定づけます。そのため、骨盤の可動性を保って、「股関節の周辺をリラックスさせておく」こと、また、上半身をしっかりと支えるためには、「大腿骨と換骨(股関節)をきちっと連結する」必要があります。

 この二つの矛盾した条件をクリア―するためには、肛門を軽くひき締めることで股関節の奥に締りをつくるとともに、大殿筋(お尻)をリラックスさせることです。そして、股関節と協同して仕事をしている足首や膝をリラックスさせて、下肢全体で柔らかく上半身を支えるようにすることが大切です。ただしそのためには、頭精をしっかりと起こして、下肢の負担を少なくする必要があります。

 演奏の時の立ち方は。第一趾と第二趾の間(小股)に体重をおとして、第一趾(足の親指)で体重を支えるとともに他の四趾でバランスをとるように立つのが、合理的な立ち方だといえます。そのような下肢の構えから、躍動感のある演奏が生まれます。 』

 

 『 これまで、身体能力をフルに発揮するための、構えの四大原則と四大チェックポイントを、ヴァイオリンの演奏との関係を交えながら説明してきました。次に、ヴァイオリンの演奏するときのポイントとなる、構えの「完整ポイント」を紹介します。

 (1) ヴァイオリンが軽くなる構えのポイントは、肩や鎖骨で構えるのではなく、「ヴァイオリンの重量を仙骨で柔らかく受け止める」という意識で構えることだといえます。骨盤の中央にある仙骨は、骨格 上の全身の要となる骨であり、上半身の重みを下半身につたえていく、中継センターをしている骨だからです。

 つまり、ヴァイオリンの重みをダイレクトに仙骨につたえていくことで、その重みを足の裏にスムーズにアースすることができるというわけです。また、両足からの力も仙骨で統一されて上半身につたえられていくため、ヴァイオリンと仙骨をつなげることで、ヴァイオリンと全身が一つにむすばれることになります。

 (2) 演奏が楽になる構えのポイントは、ヴァイオリンを、鼻先と尾骨ではさむことです。ヴァイオリニストは一般に首に緊張がみられます。それを防ぐには、「ヴァイオリンを全身で柔らかく包み込む」という意識が大切です。また、メニューイン(ヴァイオリニスト)は、身体のいろいろな動きに絶えずヴァイオリンを合わせることが、演奏の秘訣の一つだと言われています。

 ところで、背すじがスッキリと整っている状態でアゴを引くと、身体軸のもう一方の端にある、尾骨もいっしょに動くのが自然です。そして、背骨の両端にあるアゴと尾骨が協調して働くことで、体全体のバランスが保たれます。つまりヴァイオリンをはさむのは、仕事上のパートナーといえる「アゴと尾骨とのコンビネーションで行う」のが理想といえます。

 (3) シフティングがスムーズになる構え方のポイントは、ヴァイオリンを一点で支えることです。次の課題は、ヴァイオリンを自在にコントロールできる、安定性と柔軟性をかね備えた構えです。

 正確に演奏するためには、ヴァイオリンを体の一部分であるかのように安定させておくことが必要です。しかし、シフティングやポジショニングの動作を滑らかに行うためには、ある程度の弾力性をもたせて安定させることが大切です。この二つの要素をかね備えた構えをつくりあげるには、自分で体得していく以外ないでしょう。

 (4) 弓の切り返しを安定させる構え方のポイントは、両肘の開合の力を働かせて構える。演奏のときの前腕の動きの支点となり、その働きをコントロールするプロデューサーの役割をするのが肘です。そのため、両肘の構え方によって、ボウイングやシフティング、そして、ヴィブラートをかけるときの、前腕の動きの滑らかさが大きく違ってきます。

 腕の構えのポイントの一つは、構えの第二原則で紹介した「上虚下実」に構えることですが、それだけでは不十分です。前腕を楽に動かすためには、両肘を柔らかく弾力的に構える必要があります。もうすこし具体的にいうと、「両肘の間に、広がる力と引き合う力の両方の力を働かせて構える」ということです。

 それによって、アップボウのときもダウンボウのときも、肘に反対方向の力が押さえとして補助的に働くために弓が安定するからです。また、双方向の力が働いているため、弓を切り返すときの動作もスムーズになり、音のつながりが保たれるようになります。このような両肘の構え方を「開合の構え」と呼ばれます。

 (5) 弓のタッチを自在にコントロールする構え方のポイントは、手のうちに開合の力を働かせて構える。弓のタッチを自在にコントロールするためには、弓を持つときに、握る力とともに手の平に広がる力を働かせて構えることが大切だといえます。というのも、指先に握り込む方向の力しか働いていないと、弓の振動を敏感に感じることができないため、弓のタッチを微妙にコントロールすることができなくなるからです。

 リラックスして演奏しているときには、おのずとそのような、開合の力のバランスのとれた手の構えになっているものです。しかしそのときの手の感覚を、一つの構えとしてはっきり自覚して洗練していくことによって、弓のタッチが軽妙になっていきます。

  (6) ポジショニングが楽になる構え方のポイントは、手の虎口を開き、肘を膝で支えて構える。弦を楽に押さえるためには、腕全体の力が指先にまで通っていなくてはいけません。それには、左肘に絶えず指先に向かう力が働いている必要があります。それが、ポジショニングを楽に行うための構え方の第一のポイントです。

 そしてその力は、下肢とのバランスによってもたらされるのが理想です。ところで、下肢で肘と最も関係の深いのは膝であり、肘と膝は動作をするさいには協調して働かすのが合理的なやり方です。そのため、左肘に指先に向かう上向きの力を働かそうと思えば、膝を少し上につり上げ気味に構える必要があります。

 肘(肩)の力を指先にスムーズに伝えるためには、強く押さえようとしないで、手首の力を抜いて、手首の甲側の中央(陽池)を絶えず伸びのびとさせておくようにすることです。それが最小の力で弦を押さえる秘訣だといえます。さらに、親指と人差し指との間の合谷をリラックスさせて、親指が自由に動けるようにしておくことが大切です。

 (7) ボウイングが力強く滑らかになる構えのポイントは、全身に螺旋の力を働かせて構えることです。ヴァイオリンの演奏の構えの場合、左手を内側に捻じり右手は外側に捻じった状態で、全身を一つにまとめる必要があります。それには、両手に働く二つの捻じりの力の流れ(螺旋)が、体感に於いて二重の螺旋構造になって絡み合いながら、足先にアースされていくように意識して構えることが大切です。

 ちなみに、太極拳では、全身を貫く螺旋の力を「纏糸系」と呼んでいます。そして、纏糸系(てんしけい)を養うことで「筋力を超えた武術的な力」を身につけるのとができるといわれています。人体には、腰を中心に螺旋状の捻じりの力が内在しており、螺旋の力の流れを意識して構えることで、ボーイングの滑らかさと力強さがレベルアップします。

 (8) 演奏にゆとりがでる構えのポイントは、全身を円相に構えることです。太極拳や古武術などでは、腕や内股など、全身の各部分を円相に構えることを基本としますが、演奏の構えも、基本的には丸く構えるという意識をもつことが大切だと思います。

 具体的にいうと、踵と百会、そして足の親指と百会をむすぶ、体の前後の縦の半円と両肩を一つにまとめる横のだ円が基本になります。そして、体の前後左右の空間を包む大きな球体をイメージして立ちます。

 そのような大きな球体の中心に立つというイメージは、武術の場合には、つねに多人数の敵に気を配るための訓練としてですが、演奏の場合にも、伸びのびと演奏するための気持ちの持ち方としてよい方法だといえます。

 (9) イスに座って演奏するときの構えのポイントは、坐骨に腰かけ、足を地につけることです。イスに座って演奏するときのポイントは、上半身と下半身のつながりが分断されないようにすることです。もう一つは、安定性もさることながら、上半身が最もフリーになるような座り方に心がけるということです。 』

 

 『 最後に、武道の構えを応用した、七つのヴァイオリンのポーズを紹介します。

 (1) 舞のポーズ  両足を前後にひらき、両方の爪先を約90度開いて構えます。そして、膝をゆるめて足腰を安定させます。

この構えは、今武蔵と呼ばれた昭和の剣豪、国井善弥(鹿島神道流)の得意とされていた足の構えを参考にしたものです。この構えは、体の軸をいかし、胸と腹の開きを利用したボウイング動作を身につけるのに役立ちます。特徴としては、体の軸がしっかりして手が楽に伸ばせることと、膝をゆるめるときに体の重さが弓によく乗ることです。

 (2) 波のポーズ  左足を半歩前に出し、右足を約60度外に開いて構えます。

 この構えは、槍を突きだすときの基本の構えです。体の前後の動きを使ってボウイングを行うことができ、アップボウとダウンボウを同じバランスで行えるのが特徴です。とくにアップボウは、弓先に重さが乗せやすく、体重を乗せて全身で弓を一気に弾き上げていく感覚が養われます。

 (3) 東見のポーズ  両足を前後に開き、左膝を立て右膝を床に着けて、右足の爪先を立てて構えます。

 居合いの動作の中によく見られる、正座の姿勢から立ち上がりざまに一気に刀を抜き放つときの形です。(立てる膝は逆)。立ち上がろうとする勢いを内(腰)に秘めており、体の勢いを高めるトレーニング法として活用できます。また、左腕が左膝によって支えられるため、シフティングの動作が楽に行えます。

 (4) 木のポーズ  両足を肩幅にひらき、両足の爪先をおのおの45度外に広げて、両足の爪先と踵を結ぶ線が直角に交わるよう立ちます。そして、おへそと腰仙骨部のラインが水平になるように、おへそを斜め下に突きだして仙骨をしめます。

 和弓を引くときの基本姿勢ですが、下半身を盤石に構えるとともに、背すじを力強く通して、腰、腹、胸を割ります。それによって上半身が二つに割れ、肩と腕が軽くなります。この構えで弾くと、高低音ともよく響くようになるので、まんべんなくいろいろな音が出せます。

 (5) 虚歩のポーズ  左足を半歩前にだし、左足の踵を浮かして右足に体重を移します。そして、右足にしっかり乗って、右足の軸で全身をコントロールするつもりで構えます。

 この足の構えは、太極拳で守りを主体とするときによくとられる実践的な構えです。重心を後ろに移して軸足にどっしりと腰を落とすことで、心が冷静になり、音によく集中できます。そのため、はやいパッセージを軽快に弾くことができます。

 (6) 手のポーズ  右膝を床につけ、左膝を開いて浮かし、左右の足の爪先を立てて右足の踵に腰かけます。

 正座の姿勢から立ちあがろうとするときの準備の構えで、安定のなかにも動きが秘められています。そのため、細かい手作業を素早く行なうのに適した構えといえます。実際にこの構えをとると、素早いボウイングを楽に行なうことができます。

 (7) そんきょのポーズ  両膝を開いて腰を落し、両足の爪先を立てて踵に腰かけます。そして、股関節をリラックスさせるとともに、骨盤をしめて背すじを力強く通します。

 相撲の仕切りのときや剣道の試合などで、闘う直前でとるポーズです。腰を割って重心を落し、背すじを力強く通すことで心身を統一することができます。そんため、体の重さを弓に乗せやすく、力強い音を出すことができます。 』

 

 本書は、前段として、体の骨格の体系と各名称、次にはその骨格に動きを与える筋肉の体系、大きく分類すると、屈筋(体を折り曲げる)、伸筋(体を広げる)と深層筋(姿勢を保つ)さらにそれぞれの機能と名称を理解していると、好都合です。各筋肉は、骨格と腱で結合しており、手の先や、足の先は、長い腱が甲の部分を通って、指をコントロールしており、経絡(自律神経)が、張り巡らされており、それらの合流点(交点)が、ツボですが、これらの体系と名称を理解していると、さらに好都合です。

  古武道も弦楽器ともに、奥深くこれを文字で説明することは、土台無理なことではあるが、ある意味70~80cmの棒状のものをコントロールするという点では、共通してます。そして、人は二本足歩行を獲得したときから、体全体の動きの中で、動作を行わなければ、バランスが崩れてどこかに無理が生じ、さらには転倒します。

 ここで述べられている、構えや、身体の動きは、人が二本足歩行と手の自由を獲得した時点での宿命であり、人が歩いたり、料理をしたり、押したり、引いたりするときにも、避けては通れないことだと考えます。美し姿勢、美しい身のこなし、凛とした佇まい、充実した生活に於いても、生かされることを祈って、ペンを置きます。(第64回)