102. 下流老人とブラック企業を解決せよ (藤田孝典、今野晴貴 対談 文芸春秋 2015年12月号)
藤田孝典:NPO法人 ほっとプラス代表理事 「下流老人」(朝日新書)の著者
今野晴貴:NPO法人 POSSE代表理事 「ブラック企業」(文春新書)の著者
『 藤田 : いまは現役時代に公務員や会社員として働いていた人でも、本当にあっけなく「下流老人」になっています。相談に来られる方は、これまで貧困とは無縁だった”普通の人”ばかりで、一様に「自分がこんな状態になるなんて」と口にします。
本人や家族の病気による高額な医療費、熟年離婚、介護費用の負担、子どもの失業など想定外の要素が重なると、今の社会では一気に転落してしまうんです。
私は毎年三百人ほどの相談を受けてきた経験から言えば、年収四百万円以下の家庭だと年金支給額も限られ、貯蓄も多くないことから、高齢期にギリギリの生活を強いられる危険性があります。
「下流老人」を読んだ現役世帯からも、老後を心配して「非正規雇用なんですがどうしたらいいか」 「いまの状況だと老後の年金はいくらか」といった相談が週に何件も舞い込んできます。
試算をしてみると「厚生年金を入れても八万円」といったケースが多くて一様に驚かれます。自覚がないだけで、すでにみなさん下流に片足を突っ込んでいるんです。
今野 : 一方で、同書の「下流」という言葉に、一部の福祉関係者からは批判の声も挙がったそうですね。「下流」という用法は階層を生んで差別を助長すると。
藤田 : 私だって「上流」 「下流」といった区別は好きではないんですよ。ただ、あえて刺激的な言葉を使ったのは、日本人の”一億総中流”意識に強い問題意識を持っているからなんです。
内閣府の調査では、日本人の実に九割が「自分は中流」だと答えているんですが、貧困支援をしている現場の感覚からはかけ離れているんです。
いまは「中流」だと意識している国民の少なくない人々が、日本の社会保障制度の中では、近い将来に下流化する崖っぷちにいる状態なんです。「下流老人」では、その現実を伝えたかったのです。
今野 : 当事者意識が希薄ですよね。穴に落ちている人がいても、「自分だけは落ちないだろう」 「自分には関係ない」と、根拠のない自信をもっているんですよね。
藤田 : 私が相談を受けていた七十代のある男性は、長女が中学校でいじめを受けて不登校になった。それから三十年間、実家でひきこもり状態になり、うつ病も患っています。
年金は夫婦合わせて月額十七万円ですが、娘さんの生活費や治療費がかさみ、自宅を売り払って貯金を切り崩しながら暮らしています。
実家に住み続ける子どもが、ブラック企業に勤めている、メンタルケアが必要などの理由で、親の経済力に寄りかかり、結局は共倒れになってしまう状態を”檻のない監獄”とよんでます。家族の存在が想定外のリスクと化しているのです。
今野 : 一昔前なら、社会にも会社にも余裕があって、立ち直るチャンスもあったのでしょうね。
藤田 : いまは「中の上」だと思っている家庭でも簡単に転落してしまいます。本書でも紹介しましたが、五十代半ばの男性は、若年性認知症を発症して勤めていた地方銀行を早期退職しました。
現役時代は年収千二百万円あったそうですが、夫婦関係に亀裂が入って妻と離婚。財産や年金は分割され、いまは月額十二万円の年金を受け取って暮らしている。
現役時代の所得が高くても、年金支給額が半分になってしまえば、生活保護基準に該当するレベル。彼は家賃滞納でアパートも追い出され、私たちが保護したときには、埼玉県の公園で生活していました。
身なりはボロボロで、意志疎通も満足にできない状態でした。下流老人は本人の意思とは関係なくなるものですが、老後を迎えるにあたっての自己防衛策もいくつかあります。
例えば、年金や介護、生活保護といった制度を理解すること、地域や社会との接点を増やすことを実践すべきですね。
今野 : 僕が相談を受けた、ワタミの介護現場は壮絶でした。老人介護施設で職員一人が最大で五十人ぐらいを受け持ち、ずっと家にもかえれない状態が続く。
本当は禁止されているんですが、入居者がいない空き部屋に泊まって連勤する。そんな中、ムードメーカーだった主任が泡を吹いて廊下で倒れてしまい、本部に連絡すると 「泡を吹いただけか。そのまま働かせろ」 との指示が出て、救急車すら呼んでもらえない。やがて主任は口数が少なくなり、ある日姿を消したそうです。
藤田 : もともと「福祉」と「労働」は別の分野なはずが、これだけ労働現場が劣化してくると、多くの人がそれに耐えきれず生活保護に流れてきますし、隣接した構造になっています。
今野 : いま、介護現場に限らず、うつ病などメンタルヘルスの問題も大きい。常勤で働いていた人が病気や怪我になった場合、傷病手当金が支払われます。
その内訳を全国健康保険協会が発表していますが、精神疾患が右肩上がりに急増している。特に二十代、三十代では半分近くを精神疾患が占めています。
藤田 : その社会的コストは膨大です。精神疾患になった結果、自尊心が傷付き、社会復帰の失敗を繰り返した人へのサポートはとても難しい。本人の自尊感情をふたたび高めて 「大丈夫ですよ」 と自信をつけてもらう寄り添い型の支援が必要になりますが、一人を週五日働ける状態まで復帰させるには多くの時間とお金がかかります。
今野 : ブラック企業を野放しにしておけば、うつ病になったり自殺したりする国民も増える。当然、医療費は増加して、税収は減ってしまいます。ブラック企業自身は若者を使い捨てにするだけで済みますが、国家としては大きな損失なんです。
僕は「国滅びてブラック企業あり」と警告を鳴らしてきました。ですから、ブラック企業を取り締まって、一人ひとりが社会復帰しやすいように社会保障を整備した方が国益にもかなっていると思います。
藤田 : その通りです。本来「経済対策」と「社会保障」は車の両輪で、どちらも社会を推進されるエンジンの役割を果たしています。それこそ、放っておけば、十分な収入を得ていないブラック企業社員こそ後に下流老人化する可能性が高いんです。
高齢者や非正規労働者も消費するわけですし、その人たちが再生産を行えないと企業経済も回らない。安倍政権が気にしている国内の個人消費が落ち込むのは当り前です。 』
『 今野 : 僕たちも貧困や労働の問題を扱っているというだけで、いまだに「貧困対策より、経済成長の方が先だ」と批判されたりしますね。
藤田 : 社会保障を先行投資としてとらえる視点が必要だと思うんです。将来の負の資産を減らして、働ける人、納税者を増やそうという発想です。このままでは国家財政も破綻してしまいますから。福祉政策は、決して経済成長と相反する動きではありません。
今野 : 持続可能な社会の仕組みを作るということですね。
藤田 : 少子高齢化が進めば、社会を維持できるはずはありません。フランスやオランダではすでに五十年前に舵を切っていて、教育と住宅に徹底的に投資をして、ゼロ成長、マイナス成長になっても子どもを産んで育てる仕組みができている。
教育費は無償化されて、公営住宅が普及しているので現金収入が少なくても生活していけるのです。公営住宅であれば、家賃は月五千円から一万円程度。民間賃貸住宅への家賃補助制度もあります。
極端な事例では、マクドナルドの店員として働く月収十二、三万円の非正規労働者でもなんとかなる。低収入を補う生活インフラを早急に整備すべきなんです。
今野 : 東京では、月額の手取り十五万でも家族なら生活は厳しい。
藤田 : 六万円、八万円もする家賃はとても負担できません。日本にも公営住宅はありますが、応募要件を満たしても、首都圏では当選倍率が三十倍から、ときには八百倍というケースまでありました。
私たちの活動では、衣食住の中でも住宅を重視していて、理解ある大家さんからアパートを借り上げたり、生活困窮者に物件を紹介しています。
というのも、職探しをするためにも、まずは履歴書に書く住所が必要だからです。”貧困ビジネス”と呼ばれる悪質な業者の餌食になってしまう可能性もあります。劣悪な住環境に押し込み、粗食を与え、入居者の生活保護費をピンはねする手口です。
今野 : 住まいを失うと、一気に「下流」へと転落してしまいます。ブラック企業で働く若者が、なかなか辞められない一因でもあります。蓄えがなく、当座の給料すら出なくなると、職と同時に住む場所までなくなってしまうのです。
藤田 : 安倍政権が「一億総活躍社会」を目指すのであれば、それ相応の土俵を作る必要があります。活躍することを望んでない人はいない。
そのためには、住宅政策などでボトムアップを図って、いま活躍できていない人に最低限の暮らしを保証してほしい。それが中間層にとっても 「下に落ちても、あれぐらいの生活はできるんだな」 という安心感につながります。 』
『 今野 : 住宅や教育などの最低限の生活保障があれば、仕事としては一日八時間の単純労働でも、それ以外の時間は自由になって、ボランティアや地域コミュニティ、スポーツなどクリエイティブな活動に身を置くことができる。どれも間接的に日本の国力を高めて、社会に貢献することにつながります。
藤田 : 本当に声が挙がらないんですね。私たちが支援した方の中には、所持金がなくなって青森県から歩いてきた男性がいましたけど(笑)、そこまでバイタリティのある方は圧倒的に少数です。みなさん、「中流」だった自分が生活保護を受けることに後ろめたさを感じて、極言状態まで我慢するんですね。
今野 : 自殺者が多いのも、声高に主張するより、「自分が悪い」と考えるほうが気が楽になるのかもしれません。
藤田 : 年間約二万五千人が自殺で亡くなっているといいますが、これは遺書が発見されたケース。遺書がない場合や自殺未遂者まで含めると、支援の現場の感覚では年間何十万人もいると感じる。社会が崩れつつあることを如実に表しています。
今野 : いま、安保法制に反対している「SEALDs」の活動で、改めて民主主義のあり方に注目が集まっています。ただ、ちょっと思うところもある。もっと身近な生活で改善を求めるべき点にも目を向けてほしいです。
国会前で「安保法制は憲法九条違反だ」と勇ましくデモをやって会社に戻ると、目の前で労働基準法違反のサービス残業がまかり通っているじゃないかと(笑)
藤田 : 同じ憲法でも「健康で文化的な最低限度の生活」を定めた憲法二十五条の方がよほど重要ではないかと思いますよ。現実に貧困問題があるわけですから。
今野 : 政治の役割も重要ですが、国民一人ひとりの意識も改める必要があります。僕たちも現場の支援活動に携わりつつ、政策提言をふくめて情報発信を続けていきたいですね。 』
私たちはこれらの問題に対して、どうすれば良いのだろうか。私が信じる格言に ”物は置場所、人には居場所”です。(居場所とは住む所と職場(社会的役割))
この住居という問題の中に、東京の港区の中で5千円の家賃の住宅は、要求として無理はあるが、私の住んでいる北海道であれば、国民の権利として、国が保証することは、それほど難しい問題ではないと思います。
次に、仕事ですが、教育(再教育)、医療、農業、健康回復施設、ひきこもり回復の研究所、介護研究所、リハビリ訓練センター、難民問題研究所(実験所)、砂漠化緑化研究所(実験所)、栽培植物試験センター(実験所)、……の職場を実績のある団体(企業、大学)が用意し、その分の税金を免除する等の政策を行なってはどうでしょうか。
税金免除するということは : 税金を集めて、それを再配分して、何かを行っても、公務員だけ増えて、効率が非常に悪い。それよりも税金を納める人が、考えてその責任で(公表する)雇用を創造する方が、効率が数倍良いのではないでしょうか。
国会議員や自治体の長は、A4判一枚のレポートをこれらの問題に対して、公表すること、政党がそれを妨げるのなら、政党など無用の長物である。何の具体的な提案すらできない、人間を私たちが選んでいるであれば、それは民主主義に対する冒涜ではないでしょうか。(第101回)