緊急事態宣言で注目のテレワークツール「Zoom」その残酷な一面
新型コロナウィルスによるパンデミックの渦中で、私達は仕事や社会生活、教育などの場を現実世界からオンライン空間へとシフトさせている。
【写真】フランス人が「テレワークは週2日まで」と言う理由
そうした中で今、世界的な注目を浴びているのが米国の「ズーム(Zoom)」だ。これはパソコンやタブレット、スマートフォンなどから使える、ビデオ会議をはじめとするコミュニケーション・ツールだ。あるいはビジネス・パーソンにとっては、今や不可欠となったテレワーク(在宅勤務)用のツールとも呼べるだろう。
ズームの1日当たりの利用者数は昨年12月に世界で約1000万人だったが、今年に入ってコロナ危機を契機に鰻上りに増加し、現在は2億人を突破したとされる。特にスマホやタブレット用に提供される無料アプリとしては、ここしばらくアップルの「アップストア」で上位を維持している。 スカイプとの違いは?
これと同種で以前からよく使われているツールには、スカイプや「Google ハングアウト」、「Microsoft Teams」などが知られている。これらとズームはどこが違うのだろうか?
最大の違いは、ズームの持つソーシャル・メディア的な要素にある。たとえばウエブ・カメラから撮影される自らの映像にインスタグラムのようなフィルターをかけたり、背景の映像を編集・加工して散らかった部屋の様子を隠すことなどができる。
もう一つの違いは、ズームの使い易さにあるとされる。もちろん初心者でもウエブ・カメラとマイクをパソコンにつければ即座に使いこなせるほど簡単ではないが、それでも他のツールに比べれば短時間で操作できるようになる。
また誰かをビデオ会議に招待する場合にも、たとえばスカイプ等では相手も予め同じソフトをインストールしておく必要があるが、ズームの場合にはその必要がなく、ただ招待用のURLを相手に送るだけでいい。つまりブラウザ・ベースでヴァイラルに拡散して、利用者を一気に増やす素地を備えている。
これらの理由から、ズームは主に高校生や大学生らの間で急速に普及した。本来、ビジネス向けのビデオ会議システムとして開発されたツールだが、若者たちはむしろオンラインのパーティなど社交や遊びに多用し始めた。また学校の教師やヨガのインストラクターらが、オンライン授業等のツールとしても重宝しているようだ。
ズームは同時に最大100人のユーザーまで、また最長40分の利用時間までは無料で使える。同時の利用者数・利用時間がそれ以上に及び、標準仕様以外の追加機能なども使う場合には、月額15ドル以上の使用料金が課せられる。こうした有料ユーザーの大半は、仕事用のビデオ会議などにズームを使っているビジネス・パーソンと見られている。
最大の違いは、ズームの持つソーシャル・メディア的な要素にある。たとえばウエブ・カメラから撮影される自らの映像にインスタグラムのようなフィルターをかけたり、背景の映像を編集・加工して散らかった部屋の様子を隠すことなどができる。
もう一つの違いは、ズームの使い易さにあるとされる。もちろん初心者でもウエブ・カメラとマイクをパソコンにつければ即座に使いこなせるほど簡単ではないが、それでも他のツールに比べれば短時間で操作できるようになる。
また誰かをビデオ会議に招待する場合にも、たとえばスカイプ等では相手も予め同じソフトをインストールしておく必要があるが、ズームの場合にはその必要がなく、ただ招待用のURLを相手に送るだけでいい。つまりブラウザ・ベースでヴァイラルに拡散して、利用者を一気に増やす素地を備えている。
これらの理由から、ズームは主に高校生や大学生らの間で急速に普及した。本来、ビジネス向けのビデオ会議システムとして開発されたツールだが、若者たちはむしろオンラインのパーティなど社交や遊びに多用し始めた。また学校の教師やヨガのインストラクターらが、オンライン授業等のツールとしても重宝しているようだ。
ズームは同時に最大100人のユーザーまで、また最長40分の利用時間までは無料で使える。同時の利用者数・利用時間がそれ以上に及び、標準仕様以外の追加機能なども使う場合には、月額15ドル以上の使用料金が課せられる。こうした有料ユーザーの大半は、仕事用のビデオ会議などにズームを使っているビジネス・パーソンと見られている。
中国人起業家のアメリカンドリーム
ズームを提供するズーム・ビデオ・コミュニケーションズ社は2011年、中国・山東省出身のエリック・ヤン(Eric Yuan)氏によって米カリフォルニア州サンノゼ、つまりシリコンバレーの一角に設立された。
ヤン氏は中国の大学を卒業後、1990年代に渡米してビデオ会議システムなどを手掛ける「WebEx」という企業で働き始めた。この会社が2007年に米国の通信機器大手シスコシステムズに買収されると、同社の技術担当副社長に就任。それから4年後、以上の経験をベースに、シスコを退社してズーム社を立ち上げた。
ズームは当初から若者たちを中心に順調に利用者を増やし、2017年には10億ドルの企業価値を持つユニコーンへと成長した。やがて2019年4月、NASDAQにIPO(上場)を果たすと、その時価総額は約160億ドル(1兆6000億円以上)に達した。
しかし改めて断るまでもなく、その利用者数が爆発的に増加し始めたのは、今年に入って新型コロナウイルスによる危機が誰の目にも明らかになってからだ。特に2月以降は世界各国の株式市場が総崩れとなる中、ズームの株価だけはロケットのように急上昇して3月中旬に最高値をつけた。
その後はかなり下落したものの、4月初頭の時価総額は約420億ドル(4兆2000億円以上)。これはコロナ危機で株価が暴落したデルタやアメリカン等、米国の大手航空会社の3~10倍にも達する評価額だ。
ヤン氏は中国の大学を卒業後、1990年代に渡米してビデオ会議システムなどを手掛ける「WebEx」という企業で働き始めた。この会社が2007年に米国の通信機器大手シスコシステムズに買収されると、同社の技術担当副社長に就任。それから4年後、以上の経験をベースに、シスコを退社してズーム社を立ち上げた。
ズームは当初から若者たちを中心に順調に利用者を増やし、2017年には10億ドルの企業価値を持つユニコーンへと成長した。やがて2019年4月、NASDAQにIPO(上場)を果たすと、その時価総額は約160億ドル(1兆6000億円以上)に達した。
しかし改めて断るまでもなく、その利用者数が爆発的に増加し始めたのは、今年に入って新型コロナウイルスによる危機が誰の目にも明らかになってからだ。特に2月以降は世界各国の株式市場が総崩れとなる中、ズームの株価だけはロケットのように急上昇して3月中旬に最高値をつけた。
その後はかなり下落したものの、4月初頭の時価総額は約420億ドル(4兆2000億円以上)。これはコロナ危機で株価が暴落したデルタやアメリカン等、米国の大手航空会社の3~10倍にも達する評価額だ。
〔PHOTO〕gettyimages
セキュリティに難アリ
ただ、このように急成長したツケも今、払わされている。
創業した当初のズームはとにかく利用者を増やすために、使い易さを最優先して製品が開発され、逆にセキュリティ面はなおざりにされた。当時はそれでも大した問題は起きなかったが、最近になってユーザー数が急増し、多大な注目を浴びるようになると、悪質なハッカー達から嫌がらせや攻撃を受けるようになった。
たとえばビデオ会議中に突如、外部からの侵入者によってポルノ映像やヘイト・スピーチなどが画面に表示されるようになった。これらは「Zoombombing」と総称される。
またユーザーのプライバシー保護も軽視されている。たとえばズーム利用者の個人情報が当人に断りなくフェイスブックに提供されたり、ズームと同時にマルチタスクで利用されているアプリの情報がビデオ会議のホスト(主催者)に知られてしまう、といった問題が指摘されている。
さらに(ビジネスパーソンのキャリアアップに使われるソーシャルメディア)LinkedIn上のプロフィール情報が、ズームを介して他のユーザーに知られてしまう問題も報告されている。これらを理由に米FBI(連邦捜査局)はズームのユーザーに警告を発し、NASA(航空宇宙局)やイーロン・マスク氏のベンチャー企業「スペースX」などが従業員のズーム利用を禁止した。
これに対しズーム創業者・CEOのヤン氏は、米ウォールストリート・ジャーナルの記事の中で「私は(セキュリティやプライバシー保護に関し)しくじった。もう一度、同じ過ちを我々が繰り返したら(ズームは)終わりだ」と語っている。
こうした反省の弁を反映するように、ズームはパスワード機能の強化など幾つかのセキュリティ対策を打ち出したが、それで懸念が払拭されたわけではなさそうだ。
また短期間であまりにもユーザー数が増加したせいで、カスタマー・サポート体制が追いついていない。このため特に有料利用者の間から、「システムの不具合を訴えても返事がない」といった苦情が多数寄せられているという。
創業した当初のズームはとにかく利用者を増やすために、使い易さを最優先して製品が開発され、逆にセキュリティ面はなおざりにされた。当時はそれでも大した問題は起きなかったが、最近になってユーザー数が急増し、多大な注目を浴びるようになると、悪質なハッカー達から嫌がらせや攻撃を受けるようになった。
たとえばビデオ会議中に突如、外部からの侵入者によってポルノ映像やヘイト・スピーチなどが画面に表示されるようになった。これらは「Zoombombing」と総称される。
またユーザーのプライバシー保護も軽視されている。たとえばズーム利用者の個人情報が当人に断りなくフェイスブックに提供されたり、ズームと同時にマルチタスクで利用されているアプリの情報がビデオ会議のホスト(主催者)に知られてしまう、といった問題が指摘されている。
さらに(ビジネスパーソンのキャリアアップに使われるソーシャルメディア)LinkedIn上のプロフィール情報が、ズームを介して他のユーザーに知られてしまう問題も報告されている。これらを理由に米FBI(連邦捜査局)はズームのユーザーに警告を発し、NASA(航空宇宙局)やイーロン・マスク氏のベンチャー企業「スペースX」などが従業員のズーム利用を禁止した。
これに対しズーム創業者・CEOのヤン氏は、米ウォールストリート・ジャーナルの記事の中で「私は(セキュリティやプライバシー保護に関し)しくじった。もう一度、同じ過ちを我々が繰り返したら(ズームは)終わりだ」と語っている。
こうした反省の弁を反映するように、ズームはパスワード機能の強化など幾つかのセキュリティ対策を打ち出したが、それで懸念が払拭されたわけではなさそうだ。
また短期間であまりにもユーザー数が増加したせいで、カスタマー・サポート体制が追いついていない。このため特に有料利用者の間から、「システムの不具合を訴えても返事がない」といった苦情が多数寄せられているという。
経済的格差が露呈してしまう
また、これは必ずしもズームという技術・サービス自体の問題ではないが、このツールを使う学生達の経済的格差が図らずも露呈してしまうことがある。
米ニューヨーク・タイムズの報道によれば、ペンシルベニア州にある私立の女子大学ではコロナウイルスの感染を防止するため大学キャンパスを閉鎖した。そして今期の講義は丸ごとズームなどオンライン・ツールを使って、学生達の自宅等から受講できるようにしたという。
この大学では、学生の多くが裕福な家庭の出身だ。中にはウイルス感染を避けるため、家族全員が衛生状態の比較的良いメイン州の海岸沿いに建てられた瀟洒な別荘に移住し、そこからズームで講義を受ける若者もいる。
ところが、ごく稀に貧しい学生もいる。たとえばフロリダ州のプエルトリコ移民の家庭に生まれ、この大学に奨学金で入学した学生は、コロナ禍で大学が閉校になると即座に帰省して、家業を手伝うことになった。彼女の実家は、フード・トラック(移動式屋台)で食べ物を地域住民に販売することを生業にしている。
普段は同じ教室で受講し、同じ学寮で寝食を共にする学生達が帰省し、自宅等からズームのビデオ会議やチャット機能などを使って受講するようになると、こうした学生間の貧富の違いがお互い手に取るように分かってしまう。
そこには残酷な一面があることは言うまでもない。が一方で、学生達が普段はあまり意識しない経済的格差や不条理などを肌身で感じることのできる、またとない社会勉強のチャンスと捉えることもできる。一長一短があると言えそうだ。
感染症への対策として、ズームのようなオンライン・ツールが有効な手段であることは間違いない。前述のような様々なケースに見られる長所・短所や技術的課題などを吟味した上で、今後は医療や教育の現場から一般の職場まで社会の随所に組み込まれていくだろう。
参考文献)
“Zoom CEO: ‘I Really Messed Up’on Security as Coronavirus Drove Video Tool's Appeal” Aaron Tilley and Robert McMillan, The Wall Street Journal, April 4, 2020
“College Made Them Feel Equal. The Virus Exposed How Unequal Their Lives Are.” Nicholas Casey, The New York Times, April 4, 2020
米ニューヨーク・タイムズの報道によれば、ペンシルベニア州にある私立の女子大学ではコロナウイルスの感染を防止するため大学キャンパスを閉鎖した。そして今期の講義は丸ごとズームなどオンライン・ツールを使って、学生達の自宅等から受講できるようにしたという。
この大学では、学生の多くが裕福な家庭の出身だ。中にはウイルス感染を避けるため、家族全員が衛生状態の比較的良いメイン州の海岸沿いに建てられた瀟洒な別荘に移住し、そこからズームで講義を受ける若者もいる。
ところが、ごく稀に貧しい学生もいる。たとえばフロリダ州のプエルトリコ移民の家庭に生まれ、この大学に奨学金で入学した学生は、コロナ禍で大学が閉校になると即座に帰省して、家業を手伝うことになった。彼女の実家は、フード・トラック(移動式屋台)で食べ物を地域住民に販売することを生業にしている。
普段は同じ教室で受講し、同じ学寮で寝食を共にする学生達が帰省し、自宅等からズームのビデオ会議やチャット機能などを使って受講するようになると、こうした学生間の貧富の違いがお互い手に取るように分かってしまう。
そこには残酷な一面があることは言うまでもない。が一方で、学生達が普段はあまり意識しない経済的格差や不条理などを肌身で感じることのできる、またとない社会勉強のチャンスと捉えることもできる。一長一短があると言えそうだ。
感染症への対策として、ズームのようなオンライン・ツールが有効な手段であることは間違いない。前述のような様々なケースに見られる長所・短所や技術的課題などを吟味した上で、今後は医療や教育の現場から一般の職場まで社会の随所に組み込まれていくだろう。
参考文献)
“Zoom CEO: ‘I Really Messed Up’on Security as Coronavirus Drove Video Tool's Appeal” Aaron Tilley and Robert McMillan, The Wall Street Journal, April 4, 2020
“College Made Them Feel Equal. The Virus Exposed How Unequal Their Lives Are.” Nicholas Casey, The New York Times, April 4, 2020
小林 雅一(作家・ジャーナリスト)