自粛させるならカネをだせ! レジャー・エンタメ産業は政府に滅ぼされる
居酒屋、バー、クラブ、ライブハウス……。補償案がほぼ示されないまま営業自粛を要請され、頭を抱えるレジャー&エンタメ業界。困窮する業界の声はいつになったら届くのだろうか。『夜遊びの経済学』の著者、木曽崇が補償なき自粛要請に吠えた。
週末の外出自粛要請が出された新宿は昼でもガランとしていた。緊急事態宣言が出された後は大手パチンコチェーンも営業を自粛した
自粛させるならカネをだせ!
新型コロナウイルスの猛威に直面した政府はついに決断。7日夜に東京など7都府県を対象として、新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)にもとづく緊急事態宣言を発令した。これにより、各都府県の知事は、住民の外出、大勢の人間が集まる施設の使用、イベントの開催について、自粛を要請できるようになる。
こうした流れに憤懣やるかたないのが、狙い撃ちされる形のレジャーやエンタメ業界。例えば東京都では、カラオケ、パチンコ店、キャバレーやバーなどの事業者には、休業を直接的に要請した。また、住民に外出自粛を要請することは、間接的に飲食や旅行、宿泊業界を締め上げることに等しい。彼らにとって、自分たちばかりがコロナ対策の負担を押しつけられるのは理不尽な話だろう。
そんな業界の声を代弁するかのごとく、ネット上で叫び続け、注目を集めているのが木曽崇氏だ。外国人観光客によるインバウンド消費を、夜遊びによって取り込む発想として注目された「ナイトタイムエコノミー」の専門家である。 「政府の自粛要請のさなかの3月22日、格闘技団体K−1がさいたまスーパーアリーナで興行を開催して大きな非難を浴びましたが、あれはこの問題を象徴する事例でした。自粛要請はまるで呪いの言葉なんですよ。あくまでも要請だから自主判断に委ねられるわけだけど、今の日本社会では実質強制になっていて、自粛しないと徹底的に叩かれてしまう」
賛否が分かれた格闘技、K-1の開催。この一件で自粛要請と補償についてネット上では議論が沸騰した
プロ野球の開幕延期や、大相撲の無観客開催といった対応は、しっかりとした財政基盤があるからできることであり、それを財政基盤の弱い団体にまで同じ行動を求めるのは酷だと木曽氏は言う。 「K−1が自粛要請をのむということは、キャパシティ2万人のスーパーアリーナのチケットを全額返金したうえで会場費をすべて負うという意味です。興行中止による損害への補償も提示せずに事業者に判断を投げつけるのは、ものすごく残酷なやり方です。行動規制をするなら、経済的な補償が不可欠。政府は大規模イベントの自粛を要請した以上、その補償を事業者にするべきでした」
K−1の苦境に助け舟を出そうと、木曽氏は徹底して擁護の論陣を張った。そこに投げつけられてきたのは、「命よりカネをとるのか」といった批判の大合唱だ。 「コロナでの死を防ぐことが絶対とされ、それに反するような営業活動や消費活動は『けしからん』とされてしまう。たしかにレジャー産業は世間的には不要不急です。しかし、そこで働いて生活の糧を稼いでいる人やその家族にとっては、必要不可欠なものなんですよ。つまり、そうした産業の事業者たちは、命とカネを天秤にかけているんじゃないんです。コロナで死ぬことと、自分たちが経済的に死ぬことを比べている。命と命の天秤なんですよ」
そんな板挟みの苦悩を、一部の人間だけに押しつけるのは、果たして正しいのだろうか。
補償しない国と補償する東京都
そもそも、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は、社会・経済機能への影響を最小限にしつつ、感染拡大防止の効果を最大限にする方針を明確にしてきた。木曽氏の言葉で言えば、コロナ死と経済死のどちらにも考慮した対策を打つということだ。だが政府が打ち出した施策は、コロナ死に偏ってしまっている。 「初動の段階で、一斉休校や『不要不急の外出を控えるように』といった、専門家会議の提言よりもはるかに上のレベルの行動規制をかけてしまったのが、問題の根っこにあります。広く網をかけてしまったために、もはや対象が多すぎて補償もできなくなってしまった。五輪の7月開催に向けて、5月までに流行を終息させなければならない事情のため極端な政策に走ってしまい、それが結果として経済的な被害を広げてしまっているというのが現状です」
全店営業自粛となった飛田新地。日銭商売とも言われる風俗業界にとって、営業ができないことはまさに死活問題。働く女性の支援を巡る問題も浮上した
安倍総理は4月7日の国会で、営業休止を求められた事業者への損失補塡について「現実的ではない」と答弁。だが、補償をしていたらキリがないレベルに戦線を広げてしまったのは政府であり、安倍総理自身である。
一方、7月に再選をかけた選挙を控える小池百合子都知事は、安倍総理にあてつけるかのように、存在感をアピールしている。10日には、休業要請に協力した中小の事業者に対し最大100万円の協力金を支払うことを決めた。 「事業者に対して責任を一切負わないスタンスの国に対し、東京都は自粛要請で影響を受ける業種に対し、支援金を支払う方針です。レジャー業界には喜ばしい動きだといえます。ただ、補償の中身も重要。飲食店や宿泊・レジャー業などでは、営業するための施設が必要ですが、営業していない間の家賃負担が大きな問題なんです」
休業補償だけでなく家賃の問題も……
たしかに、人件費に関しては政府の雇用調整助成金で中小企業の場合は手当てできるが、家賃について公的な給付はない。 「国交省は、不動産保有業者に対して、テナント賃料の支払いに猶予を設けるようにと、ここでもやはり『要請』を出しています。しかしその大家さんも、借入金で不動産を所有していた場合、テナントからの支払いがなければすぐにパンクです。最終的には銀行にまで波及して、ローン支払い猶予をする流れになると思います」
とりわけ深刻なのは、五輪特需を見込んで営業計画を組んでいたホテル・旅館業界だ。 「まず、2月の春節~5月のゴールデンウィーク需要を逃し、肝心の夏の五輪も延期ですからね。需要の繁閑差のある観光・宿泊業にとっては、貴重な稼ぎ時が潰れてしまうので、これからどんどん倒れる業者が出てくると思います」
日本政策金融公庫や自治体の助成金など、中小事業者に向けた無利子・無担保融資をする方針だが、これについても手放しでは喜べない事情があるようだ。 「コロナ被害がいつ終息するのか、いつまで耐えたらいいのか見通しゼロの状況で、お金なんて借りられません。中途半端に借金でしのいでも、結局事業が行き詰まったら、返済義務を負うのは経営者個人、中小企業の借入金は経営者が個人保証するのが通例なんですよ。官僚と政治家って、商売のためにカネを借りたことのない人たちばかりだから、その構造がわかっていない」
小池知事による週末外出自粛が発表された4月4日の新宿・歌舞伎町。雨が降ったためか人影はかなりまばらだった
最終的に借金が自分の身に降りかかってくることを思えば、ケガが小さいうちに事業をたたむか、営業を強行するかしかない。 「例えば飲食チェーンなどでは、今回、営業自粛を選んだ大手企業もありますね。ただ、それができるのは体力のある業者だけ。このご時世で店を開けたって客はほとんど来ないし、売り上げは二束三文。でも開けざるをえないのは、経営がしんどいからです。経営者たちは、休業するためのコストさえ補塡されれば、きっと喜んでやめますよ」
世間から不要不急と軽んじられやすい業種とはいえ、声を上げることはけっして無駄ではない。 「中小事業者の経営危機を救う融資制度から、風俗業はこれまで対象外とされていましたが、今回のコロナ危機に際して、子どもの休校のために仕事を休んだ保護者への支援の対象に、風俗嬢やホストも入ったんです。救済を求める当事者の声に世間も目を向けるようになったということでしょう」
希望はある。そう言い残し、木曽氏は夜の街へ消えていった。