なぜ国民がこれほど自粛しても感染者は減らないのか
非常事態宣言から2週間以上が経過した。感染者も死者も増え、国民の間に危機感も高まってきた。外出禁止や営業自粛に応じる者も増え、渋谷、新宿のような大都市の盛り場では、大幅に人混みが減っている。人との接触を8割減らせという政府の要求を満たすまでには至っていないが、国民は予想以上に努力していると考えてよい。
東京・新宿の街頭大型ビジョンで流れるコロナ対策を訴える小池百合子都知事のメッセージ
しかし、営業している他県のパチンコ屋に遠征していく者、海辺に出かけるサーファー、観光地にドライブする人々も数多く見られる。公園やスーパーなどはむしろ出かける人が増えているくらいである。
このような状況で、5月6日に緊急事態宣言を解除できるのであろうか。すべては、これから10日間の感染者数の推移によるが、毎回指摘しているように、感染者数はPCR検査数次第でどうにでも変化するので、疫学的に正しい判断をするのは困難であろう。
■ クラスター対策一本鎗で、市中感染を軽視した責任
政府の対策は、全てが後手後手で、今頃になってPCR検査を増やす方針に転換したが、すぐにはその体制が整わない。ドライブスルーのPCR検査も、江戸川区でやっと始まるようになったが、これも遅すぎる。
世界に先駆けてドライブスルーのPCR検査を導入した韓国では、今や一日の感染者数が一桁にまで減っている。感染者数も死者数も、今や日本の方が韓国を超えている。クラスター潰しにのみ集中し、市中感染を放置してきた専門家会議や政府の責任は重い。
感染者数を正確に把握するのは、もちろん容易ではない。しかし、諸外国の研究があり、それらを参考にすることはできる。
スタンフォード大学等がカリフォルニア州サンタクララ郡で抗体検査を行った結果によると、抗体を持っている人は人口の2.5~4.2%に上り、公表された感染者の50~85倍だった。
また、ロサンゼルス郡と南カリフォルニア大学の研究では、郡内の成人の4.1%が抗体を持っており、公表された感染者数は約8000人であるが、実際には22万1000~44万2000人が感染していると見られている。
さらに、WHOによると世界人口77億人の2~3%が感染しているという。1.5億~2.3億人だ。世界で公表されている感染者数は250万人。公表数字の50~85倍というスタンフォード大学の研究と一致する。
23日、ニューヨーク州のクオモ知事は、3000人の検体検査の結果、14%が抗体を持っていることが判明したと発表した。総人口が1950万人なので、270万人が既に感染していることになる。公表された感染者数は26万3400人、死者は1万5740人である。
■ 国内感染者、すでに100万人超の可能性も
これらの数字を参考にして日本のケースを考えてみる。公表されている感染者は1万2000人であり、その50~85倍は、60万~102万人となる。つまり、これくらいの人が実際には感染していると想定されるのである。日本の人口は約1.25億人であり、その2~3%なら約250万~375万人が感染していることになる。この二つの数字の差の理由は、(1)日本では欧米に比べて感染者が少ない、あるいは(2)PCR検査の数が絶対的に不足している、のいずれかである。
東京都について見ると、人口が約1400万人、カリフォルニア州のように実際の感染者が公表(約3500人)の50倍~85倍なら、17.5万~30万人となる。人口の2~3%なら、28万~42万人なので、東京都の場合は二つの数字が一致する。
日本の場合を大まかに推計すると、全体で約100万人、東京で約30万人がすでに感染しているのではなかろうか。感染率は1%であり、人口の6~7割が陽性になるという集団免疫状況にはほど遠いと言わざるをえない。
つまり、ワクチンが開発されないかぎり、第二波、第三波の到来を予想せざるをえず、収束にはほど遠い状況である。
■ 来夏の五輪開催時期までに終息する見込みは薄い
欧米では、PCR検査を補う意味でも、抗体検査を導入しているが、日本ではまだ始まったばかりである。抗体検査の信頼性の問題もあるが、気づかないうちに感染し抗体を持っている人は、職場に復帰しても問題はなく、とくに医療現場での人手不足を補うのに助けになる。日本でも、もっと柔軟に導入を進めるべきである。
日本の感染者は約1万2000人、死者は約300人、致死率は2.5%であるが、実際に感染者が50倍~85倍いるとすれば、0.03~0.05%ということになる。この数字は、先のスタンフォード大学の抗体検査の数字を使って出したカリフォルニア州の致死率0.1~0.2%よりも圧倒的に少ない。BCG接種が原因なのかどうか分からないが、興味深い。
日本で抗体検査を行うと、この致死率の数字も裏付けられるのではないか。それは、クラスター潰しに集中して市中感染を放置してきたことを炙り出すことになるであろう。
PCR検査不足のツケは、来年に延期した東京五輪の行方にも暗い影を投げかけている。
IOCは、東京五輪延期の追加費用の大半を日本側が負担するという方針を明らかにした。ところが、日本側がこれに疑義を唱えたため、IOCは、東京五輪延期の追加費用について、「首相が合意」という表現を削除して、「共同で議論する」と玉虫色の表現に変更した。
しかし、世界中が新型コロナウイルス対策に全力を上げているときに、このような議論をすること自体が無神経だという批判も出ている。
そもそも、来年の夏までにコロナ感染は収束しているのか。先述したように、ワクチンもまだ開発されず、集団感染にはほど遠い状況である。アビガンなどの薬が一部の患者の治療に使われているが、万人に有効な特効薬ではない。ワクチンや治療薬の開発が完成しないかぎり、来年の東京五輪開催は無理である。神戸大学の岩田教授は、専門家の立場からそのことを明言している。
世界経済の停滞は想像を絶する状況であり、原油の先物価格が史上初のマイナスに転ずるという異常事態になっている。1929年の世界大恐慌の再来だとも言われている。
■ 「安倍四選」の選択肢はもうない
世界でも日本でも、外出禁止や営業自粛で多くの経済活動が止まっており、休業補償などの対応で各国とも苦労している。そのような中で、人々は東京五輪のことなど考える余裕もない。ニューヨークが元の姿に戻るには数年かかると見られており、それは、ロンドンでもパリでもローマでも同じである。そのような経済状況で、巨額の費用をかけて五輪を開催する機運になるであろうか。
東京五輪開催費用は、関連経費も入れれば約3兆円である。2012年のロンドン五輪も同じくらいの経費がかかっている。しかも、1年延期する費用は数千億円になると言われているが、私はほぼ1兆円に上るのではないかと計算している。疲弊した日本経済がそれに耐えうるのか。
組織委員会の森喜朗会長は、「東京五輪の再延長はない、2021年というのは安倍首相の決定だ」と述べている。もう一年開催を再延期すれば、さらに数千億円の追加費用がかかってしまう。それを容認する国民は少ないであろう。
第一次世界大戦で1916年のベルリン大会、そして第二次世界大戦で1940年の東京大会、1944年のロンドン大会が中止になっている。また、米ソ冷戦下の1980年のモスクワ大会は、前年にソ連がアフガニスタンに侵攻したために日米など西側諸国がボイコットした。
新型コロナウイルスが五輪を中止に追い込めば、史上初の感染症による中止となる。社会が壊滅した中世のペストを思い出すが、疫病は克服したと考えていた人類に対して、ウイルスが嘲笑うかのように挑戦している。
危機、とりわけ感染症の流行時には、民主主義社会では政権を担当する指導者に対する支持率が高まるものである。ドイツのメルケル首相や韓国の文在寅大統領が好例である。ところが、安倍内閣の支持率は低下している。それは、私が一貫して指摘してきたような初動体制の遅れ、政策の一貫性の無さ、対応の迅速性の欠如など、政権の迷走が原因している。
安倍首相の顔からは精気が失われ、自ら思考する力を失っているのではないかと危惧する。自民党内にも同様な危機感を抱く者が増えており、安倍四選という選択肢は消えたと言ってよい。残されたのは、誰が猫の首に鈴をつけるかという課題のみである。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200425-00060301-jbpressz-soci