ノンフィクション作家・山根一眞氏が、呼吸器ウイルス感染症の大御所を直撃する大好評緊急企画。沖縄にて最新データをもとにあぶり出した、新型コロナウイルスの意外すぎる姿とは──。(本文中の写真:山根一眞)
>コロナウイルスは、子孫を増やすために、増殖するために、試しにヒトの中に入ってみた。しかしヒトの中は居心地が悪かったので、「これでは増殖は無理だな」と思いはじめていますよ。
>新型コロナウイルスがヒトに無駄な戦争を仕掛けたものの失敗したことが明らかだからです。コロナは今月末になればなりをひそめると私はみています
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【写真】死ぬ瞬間はこんな感じです。死ぬのはこんなに怖い
呼吸器感染ウイルスの大御所、根路銘(ねろめ)国昭さんにインタビューしたコロナウイルスに関する2つの記事が大きな反響を呼んでいる。
そこで、あらためて沖縄県名護市に根路銘さんを訪ね、2日間にわたりインタビューを、そして意見交換を行ってきた。
折しも、安倍総理大臣が専門家による検討をせず独断で3月2日から全国の学校の臨時休校を指示、大きな社会的な混乱を引き起こしたが、沖縄入りはその翌日だった。根路銘さんは、この異常事態をどう見ているのだろうか。
那覇市から高速道路で約1時間半で名護市に着く。このルートは沖縄県の最大の観光スポットで沖縄にとって欠かせぬ経済資源でもある美ら海水族館への道でもあるが、この施設も政府の意向を受けて3月2日から臨時休館中だった。
羽田から那覇への飛行機もガラ空きだった。沖縄県の観光の経済波及効果はおよそ2兆円で雇用誘発効果も大きいため、政府の対応によるダメージははかりしれない。
名護市郊外にある生物資源研究所のエントランスには、アヒルとニワトリのケージがある。私の姿を見た2羽のアヒルが「グァーグァー」とけたたましい鳴き声をあげ続けたのには驚いた。その大きな鳴き声で私の来訪を知り迎えてくれた根路銘さんはこう言った。
「アヒルもニワトリも研究用ではなくうちの門番だな。僕はああいう鳥がとっても好きなのでね」
十数年前、ここの近くのまだ仮設施設だった同研究所を訪ねた時も、敷地内にニワトリのケージがあったことを思い出した。生物に対するそんな眼差しを持つ根路銘さんは、同じような眼差しでインフルエンザ、そしてコロナのウイルスを見ているように思えた。
世界が「脅しに負けてしまった」
山根 先の2回の記事で、根路銘さんは、コロナウイルスは窓を開放して風で「鬼は外!」と外へ追い出せばいいとおっしゃいましたが、あれから3週間も過ぎた今ごろになって、専門家たちがしきりに「窓を開けろ」「風で追い出せ」と発言しはじめたのには驚いています。根路銘先生の助言を知ったとしても、遅すぎませんか?
根路銘 「鬼は外!」はコロナウイルス追放の大事な手です。もっと早くそういう注意喚起をするべきだったんですよ。もちろん、今からでも大事な予防策ではありますが。
山根 新型コロナウイルスの感染拡大が始まっておよそ3ヶ月ですが、その後の推移をどう見ていますか?
根路銘 コロナウイルスは、子孫を増やすために、増殖するために、試しにヒトの中に入ってみた。しかしヒトの中は居心地が悪かったので、「これでは増殖は無理だな」と思いはじめていますよ。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界での感染者数は9万3000人、死亡者は約3000人(WHOデータ、3月4日)。日本での感染者はおよそ300人、死亡者は6人です。
新型コロナウイルス(2019-nCoV)が病毒性が強いインフルエンザウイルスのようなものであれば、すでに世界で数百万人が感染し、数十万人が亡くなっているはずです。
意外かもしれませんが、この新型コロナウイルスの感染力、病毒性は、たとえば1918年から世界的な大流行をしたインフルエンザ、スペイン風邪(推定死者5000万人以上)と比べればとても小さいんです。
それはなぜなのか。
新型コロナウイルスがヒトに無駄な戦争を仕掛けたものの失敗したことが明らかだからです。コロナは今月末になればなりをひそめると私はみています。
一方、先にお話ししましたが、昨年12月から今年にかけて、アメリカではインフルエンザウイルスで1万2000人が亡くなっています。日本でも毎年、イフルエンザが引き金となって亡くなる方がおよそ1万人です。しかしそれには関心を抱かず、蚤のような小さな存在のコロナウイルスを、国とマスコミがゴジラのような怪物に仕立てているとしか思えません。
世界は、コロナウイルスの脅しに負けてしまったんです。
報じられていない系統図
生物資源研究所の「所長室・遺伝子設計室」で根路銘さんは、研究者仲間や弟子の研究者たちから、続々と届く今回のコロナウイルスに関する情報を繰っている。新型コロナウイルスが勢力を拡げている世界を、あたかも宇宙から拡大鏡で覗いているかのようだった。
そして「これをご覧なさい」と、数ページからなるレポートを見せてくれた。
それは、中国の武漢から世界に広まったとされる新型コロナウイルス「2019-nCoV」の系統樹だった。各国の感染者から得たコロナウイルスの身元(遺伝子)を整理し、それぞれの関係を描いた円形の「家系図」だった。
こういう円形の系統図は生物の進化図ではよく見るが、新型コロナウイルスの膨大な情報がこれほどきれいに整理されているとは驚きだった。
この家系図の左には、「Japan Cruise Ship」(日本のクルーズ船)のコロナウイルスも記載されていた。
山根 この進化系統樹、どこが作ったものですか?
根路銘 GISAIDです。GISAIDは、2006年8月、当時猛威をふるっていた鳥インフルエンザの対策に取り組んでいた世界の医療関係者が設立した組織で、正式名称は「鳥インフルエンザに関する情報共有の国際推進機構」です(GISAIDは、Global lInitiative on Sharing All Influenza Dataの略)。
ウイルスの猛威に対抗するためには、世界の研究者が最新のウイルス情報を抱え込むことなく、共有し自由にアクセスすることが大事だ、という趣旨で発足した組織です。そして2007年3月、スイスのバイオインフォマティックス研究所(Swiss Institute of Bioinformatics、SIB)がGISAIDと合意のうえでデータベース構築を開始しました。
この系統樹は、そのGISAIDで公開されているものなんです。
ワクチンの開発も、こういう情報共有があってこそ可能です。
もっともこの情報が違法行為に使われないためなど、データベースの利用には厳しい約束事がありますが、IDの交付を受けた専門家であれば自由に閲覧、利用ができます。
ダイヤモンド・プリンセス」に起きたこと
GISAIDのデータは、新型コロナウイルスに関して最新の、そして最も信頼できるものだった。
とすれば、ダイヤモンド・プリンセス号で感染を拡げた新型コロナウイルスの由来もわかるかもしれない。根路銘さんを訪ねた初日の夜、私は投宿先のホテルでこの系統樹とクルーズの日程を照らし合わせる作業を試みた。
ダイヤモンド・プリンセス号は、日本の三菱重工長崎造船所が建造した過去最大のクルーズ船で総トン数は11万5875トン。日本の最大級の護衛艦(いずも型)の6倍近い巨大船だ。
船籍は英国、運営は米国で、今回のクルーズ「初春の東南アジア大航海」の費用は最安で25万円と通常の海外旅行パッケージ料金なみだった。客室、食事、ショーなどすべて含めて1日1万6000円で楽しめることもあって人気を集めたのだろう。この船にかぎらず大型クルーズ船の旅が身近な時代を迎えているだけに、今回の事態は今後のクルーズ船にありように多くの教訓をもたらしたと思う。
今回のクルーズは、1月20日に横浜を出発し2月4日に横浜へ戻る16日間だった。
寄港地は少なく、鹿児島、香港、チャンメイ、カイラン(いずれもベトナム)、基隆(台湾)、那覇の6ヵ所のみ。
そこで、それぞれの寄港地では、いつ新型コロナウイルス肺炎が発生していたかなどを調べて付き合わせてみたが、乗客が寄港地で観光のため下船し、市中で感染したとは断定しにくい印象だった。
たとえば、ベトナムでは中国で研修を受けた人が帰国後に感染していることが明らかになったが、感染者の都市と寄港地はだいぶ距離があり、市中感染の可能性はかなり低い。
1月25日に香港で下船した乗客が感染元ではないかと言われてきたが、この乗客が咳をしはじめたのはクルーズ中の1月23日からだった。鹿児島を出た翌日で次の寄港地、香港まではまだ2日あったので、この2日間に感染が広がった可能性は大きい。
この乗客は下船後の30日に発熱。新型コロナウイルスに感染していることが判明したのは2月1日だった。
その日、クルーズ船は最後の寄港地である那覇に入港していた。
沖縄観光のために下船した4人の女性乗客が利用したタクシーの女性ドライバーが、後に(13日)に新型コロナウイルスに感染したことが確認された。
もし香港で下船した乗客の検査が速やかに行われ、感染情報がクルーズ船に迅速に伝えられていれば乗客たちの下船観光は制限され、女性ドライバーが感染することはなかったろう。
それは、情報の迅速な共有が重要というGISAIDの願い、趣旨を思い起こさせる。
横浜に帰着後、クルーズ船の乗客乗員およそ3600人は下船が許されず、船内に閉じ込められ、感染者は706人(約20%、延べ4089名の検査結果)に達し6人が死亡し、世界に衝撃を与えた(感染者の死亡率は0.85%)。
もっとも乗客乗員のうち、無症状のウイルス保有者は延べ392名(55.5%)だったので、発症した人ははほぼ半数のみだったことになる。
新型コロナウイルスを侮ってはいけないが、根路銘さんが言うように、強毒インフルエンザのウイルスと比べれば蚤のように小さな存在だということを物語っている。
一方、このダイヤモンド・プリンセス号で感染拡大したコロナウイルスが、どこから入ったのかは不明のままだ。それが無用の疑心暗鬼や下船者への差別をもたらすことにもなっているのではないか。
だが、GISAIDの「系図」からは、その一部を読み取ることができるのだ
ウイルスの旅路」を読みとる
沖縄取材の2日目、根路銘さんにこう尋ねた。
山根 クルーズ船のコロナウイルスはフランスやイタリア、英国ともつながっていることに驚きました。
根路銘 そう、欧州にも起源があることがわかる。
では、英国やイタリア、フランスのコロナウイルスはどこから来たのか。
それは中国です。中国から欧州に移動したウイルスがクルーズ船のウイルスとつながっていることがわかります。
しかし、それを誰が船に持ち込んだかはわかりません。すでに感染していた人が横浜からクルーズ船に乗船したのかもしれません。感染しても自覚症状が出るまでの時間差が大きいからです。
山根 中国が感染開始時から情報をすべて公開していれば、クルーズ船も安全策をとることができたのでは?
根路銘 GISAIDのリアルタイムに近い情報の公開と共有が目指すところがそれでしょう。
山根 もし、多くのコロナウイルスに対応できるワクチンが実現すれば、クルーズ船の乗客はワクチン接種者に限る、という措置もとれますね。
根路銘 まさに、私たちウイルス感染症の研究者に課せられた大きな課題ですが、そういう議論が出ていないのは残念です。
山根 GISAIDの新型コロナウイルスの進化系統図は、3月に入って初めて明らかになったものですか?
根路銘 違います。この系統図はGISAIDが日々更新をしており、インフルエンザウイルスの専門家たちは日々チェックをしています。
これには「2020-03-01_0400 UTC」と記してあります。日本時間の3月1日13時に更新されたものとわかりますが、このデータは連日、新たなデータが書き加えられているんです。
もっとも、この系統樹を見たからといって、効果的な対策が可能というわけではない。しかし、少なくともそのコロナがどこから来たのかという「ウイルスの旅路」は読み取れます。船内に閉じ込められたままだった乗客の皆さんも、ウイルスの旅路の片鱗がわかれば少しは納得されるでしょう。
ウイルスの旅路」を読みとる
沖縄取材の2日目、根路銘さんにこう尋ねた。
山根 クルーズ船のコロナウイルスはフランスやイタリア、英国ともつながっていることに驚きました。
根路銘 そう、欧州にも起源があることがわかる。
では、英国やイタリア、フランスのコロナウイルスはどこから来たのか。
それは中国です。中国から欧州に移動したウイルスがクルーズ船のウイルスとつながっていることがわかります。
しかし、それを誰が船に持ち込んだかはわかりません。すでに感染していた人が横浜からクルーズ船に乗船したのかもしれません。感染しても自覚症状が出るまでの時間差が大きいからです。
山根 中国が感染開始時から情報をすべて公開していれば、クルーズ船も安全策をとることができたのでは?
根路銘 GISAIDのリアルタイムに近い情報の公開と共有が目指すところがそれでしょう。
山根 もし、多くのコロナウイルスに対応できるワクチンが実現すれば、クルーズ船の乗客はワクチン接種者に限る、という措置もとれますね。
根路銘 まさに、私たちウイルス感染症の研究者に課せられた大きな課題ですが、そういう議論が出ていないのは残念です。
山根 GISAIDの新型コロナウイルスの進化系統図は、3月に入って初めて明らかになったものですか?
根路銘 違います。この系統図はGISAIDが日々更新をしており、インフルエンザウイルスの専門家たちは日々チェックをしています。
これには「2020-03-01_0400 UTC」と記してあります。日本時間の3月1日13時に更新されたものとわかりますが、このデータは連日、新たなデータが書き加えられているんです。
もっとも、この系統樹を見たからといって、効果的な対策が可能というわけではない。しかし、少なくともそのコロナがどこから来たのかという「ウイルスの旅路」は読み取れます。船内に閉じ込められたままだった乗客の皆さんも、ウイルスの旅路の片鱗がわかれば少しは納得されるでしょう。
進化という「遺伝子の複製間違い」
山根 それにしても、なぜ同じ中国発の新型コロナウイルスなのに国や地域で違いがあるんですか?
根路銘 ウイルスの増殖とは、自分と同じ遺伝子を持ったものを複製することですが、その複製を間違うからです。
コロナウイルスは、もともと変異しやすいRNA(リボ核酸)という遺伝子を持つタイプのウイルスです。
ヒトの肺胞の細胞にとりつくと、外殻(エンベロープ)を脱ぎ捨てて、RNA(遺伝子、リボ核酸)という自分の設計図をヒトの肺胞の中で働かせる。もちろん、それに至るまでの初期の旅路では、上気道という鼻や気管支といった細胞への感染も行ってのことですが。
子孫を増やすために自分は死ぬが、設計図だけは送り込むわけです。
そして、人の細胞の中で材料をかき集めて子孫である複製をたくさん作らせます。こうして誕生した子孫が細胞からたくさん外に出ていくんです。外に出る時には、ちゃっかりと細胞の膜をちょうだいし自分の殻に利用して。
そうして誕生した子孫たちには親と同じRNAも入っていますが、その複製を作る時にちょっと間違える。その間違いの部分を調べることで、どこで増えたものかという「ウイルスの旅路」がわかるんです。
山根 コロナウイルスの大きさを、私がテニスボールで作った模型とすると、人の大きさは頭が岩手県の花巻市、足の先は福岡市になる。それほど小さなウイルスが、そんな精密な作業をしているとは驚くばかりです。
根路銘 ウイルスはとてつもない仕事をしている。一方、大事なことは、この複製の間違いがウイルスの「進化」というものだということです。その「進化」によって、病毒性が強いものが出たり、感染性が低いものになったりする。
それはね、地球に誕生した最初の微少生命体が、進化という「遺伝子の複製間違い」を重ねて数千万種という現在の生物世界を築き上げてきた、生物の地球進化史と同じことをしているのだということです。
山根 非常に興味深いです。コロナウイルスとはいえ、その拡散は「進化」というダイナミズムと裏腹なんですね。
ところで、GISAIDのウイルス系統樹ですが、これは親から生まれたちょっと顔が違う子孫たちの「つながり」を表現している?
根路銘 この図はウイルス遺伝子の型を見てつながりを描いたものでとても役に立ちますが、ウイルスだけを見ていてはいけない。
ウイルスによる感染症は「ウイルスの旅路」を見抜かないといけない!
大きなウイルス感染症を抑え込むには「ウイルスの旅路とその顔色」を明らかにすることが第一なんです。