川越で開かれている「生誕130年 小村雪岱ー「雪岱調」のできるまで」を観に、川越まで。東横線が乗り入れたので、横浜から「森林公園行き」で乗り換えなし(!)
以前に「蔵の街」の散策に行った時はかなり時間がかかったことを考えれば、格段に行きやすくなった。。とはいえ、やぱっり川越は遠かった。。。(帰途が池袋乗り換えになってしまって、それでガックリ疲れました。。。)
で、小村雪岱は、大正から昭和の初め頃に、本の装丁や舞台装置の世界で活躍していたが、昭和8年に邦枝完二が朝日新聞に連載した「おせん」の挿絵で人気を博した、今風にいえばイラストレーター、装丁家、アートディレクター、画家。
ワープロやPCの文字変換ソフトが主流になる前は、1本1本の線や、1文字ずつの書体の横線・縦線を手書きで書いていたのである(ワタシが編集者として一時仕事を一緒にしたアートディレクターは「1cmの中に、手書きで10本の線が引くける」(!!)というくらいに、繊細な感覚と手先が必要とされる仕事でありました)。
資生堂のロゴや『花椿』のロゴの元となった書体は、”雪岱調”と言われ、今も資生堂の新人デザイナーはそれを習得することから始まるという。
川越美術館での展示は、絵画スタイルに絞っての展示だったが、作品に描かれている女性像は鈴木春信を思わせる日本風の美人画。
雨や、障子や、柳の枝などの細い細い線描と、たおやかな女性の姿、木々の枝が風に揺れる様子は、かつての江戸の風情を感じさせる静かな世界。。。繊細な線と余白を生かした無駄のない描写、明快な配色など、静謐で美しい作品が並ぶ。
でね、当時の人気流行作家だった邦枝完二は、実は、帽子デザイナーとして活躍後に日本のテーブルコーディネイターの先駆けとしても人気のあった故クニエダヤスエさんのお父様。クニエダヤスエさんとは、その昔、編集者として一緒に仕事をしたこともあり、余計に懐かしさもあったの。
今回、当時の新聞小説「おせん」の挿絵や、泉鏡花の単行本の装丁などを観て、モダンでシャープな中にもしっとりした風情のある、大正時代の日本の美の系譜をあらためて感じたのでありました。
川越美術館での展覧会は3月11日で終了だが、4月15日までは、埼玉県立近代美術館の「MOMASコレクション 第4期」の「小特集」として、「小村雪岱のイラストレーション」が展示される。
春告鳥(1932年頃)
おせん 傘(1937年頃)
左の立て一列が雪岱作品