犬神スケキヨ~さざれ石

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その礼節が民主主義

2017-04-03 21:00:54 | 草莽崛起
本日のお話しは

日本の民主主義にまつわる話しです。

いきなり何を話すか言ってしまってますが、そんな話しです。

言葉・礼節

これが実は我が国のオリジナルの民主主義と密接に関わっているのだというお話しでごじゃります。

皇室報道


昨今の皇室に対する報道を見ても、一番日本語を大事にしなければならない、マスメディアの報道っぷりに怒りを覚えますね。

まずもって、皇族方への敬称はむちゃくちゃ。

例えば『ヒゲの殿下』として国民に親しまれておられた三笠宮寛仁親王殿下が御隠れ(亡くなる)あそばされた時。

寛仁さま

と書く始末。

皇室典範には皇族に対する敬称がしっかり明記されているのです。

天皇・皇后には陛下、他の皇族方には殿下

その様に書かれている。

【寛仁さま逝去】なんてのは、なんと言う不敬な!という事です。

正確には
三笠宮寛仁殿下薨去
その様に書かねばなりません。
これが正しい日本語なんです。

例えば、イギリス・チャールズ皇太子に『さま』など使えば大問題ですよ。

これはチャールズ皇太子に対してミスター・チャールズというのと同じです。

例えば、お妃時代のダイアナ妃に対してミセス・ダイアナという様なものです。

プリンセスオブウェールズと呼ばねば、下手をすれば国交断然の事態ですよ!

我が国の皇太子殿下のご長女である愛子内親王殿下に対してもそうです。

『愛子さま』など不敬極まりない。

愛子内親王殿下に対しては
敬宮殿下と書くべきです。

共産党機関紙『赤旗』などは三笠宮寛仁殿下薨去に対して

三笠宮寛仁さん死去

と、書く始末。
火付けて燃やすど!コラっ!

例えば、我々庶民は日常会話で『愛子さま』とかその様にお呼びすることは構わないでしょう。
それは、愛着と言うか親しみを込めて、そうお呼びしても構わないと私は思いますよ。

しかし、マスメディアには許されませんよ。

もう少し、品格良く親しみを込めて我々庶民は例えば愛子内親王殿下ならば
皇太子殿下の若姫とか、悠仁親王殿下ならば秋篠宮殿下の若宮とかお呼びすれば失礼はないのです。

アホはこの様な敬称をバカにします。

しかし、これが日本語なんです。
日本の根っこなんですよ!

日本語には丁寧語・敬語・謙譲語なんてものがあります。

実はこれこそが世界にはない言葉の表現方法なんですね、そしてこれがあるからこそ我が国がしっかりしたオリジナルの民主主義を貫く事が出来たのです。

身分を越えて


我が国にも、他国の様な身分なんてもながありました。
今もありますよ。

それは、我々と皇族方の様なもの。

しかしですね、他の国には立場の下の者が目上の者に進言するとか注進するなんて事は殆どありませんよ。

いや、現代の話しじゃありませんよ。

今でこそ皆平等なんて言ってますけど、我が国は随分と昔から天皇陛下を中心に民は皆平等なんです。

その中に立場上の上下があるわけです。

しかし、他の国ではその上下関係は絶対なんです。
しかし我が国は違うのです。

その平等という根っこが言葉

つまり、立場の上下関係の中でスムーズにコミュニケーションを図るには言葉が重要なんです。

世界には敬語や謙譲語なんてものはありません。

何故か?

上下関係は絶対だからです。
垣根は越えられません。
立場が対等かそれ以上でなければ話しなど出来ません。

しかし、我が国は立場の垣根を上手く越える手段があるわけです。
それが

丁寧語・敬語・謙譲語
となるわけですね。

相手に敬意を払いつつ、失礼に成らぬ様に、更に相手の立場を立てつつお互いに上下関係の垣根を越えて 話す事が出来るツールこそが、丁寧語や敬意や謙譲語となるのです。

目下の者が目上の者に進言することが出来る!

これは画期的な事なんです。
だからこそ、能力のある者は見出され大抜擢されたり、或いは権力を持つ者が自らを省みて謙虚に考える事が出来るのです。

幕末に京の二条城にて大政奉還を決意した徳川慶喜公とて、各藩を集め忌憚なき意見を求めた。

この時に、目下の者が『政・最高権力者』に対して意見するのです。
この時、この言葉のツールがあったからこそ忌憚なき意見を述べることが出来たのです。

将軍に対する敬意を払い、立場を立てつつ自らの身分をわきまえて話す事が出来るのです。

これが我が国のオリジナルの民主主義なんです。

この言葉があったからこそ、あの沖縄戦の電文
沖縄県民カク戦ヘリと打てたのです。

戦前の日本は言論は弾圧され…云々なんて話は大嘘ですよ!

戦後はたった72年!
戦前は2000年を超えてるんですよ!

もし、その2000年を超える部分が弾圧と言論の自由のない国ならば古事記編纂だって実現してませんよ!

稗田阿礼や太安万侶なんて最下層の貴族で、足袋すら履かせて貰えない身分です。
そんな身分の者でも、類稀なる才能の持ち主だったからこそ、古事記編纂の命を天皇陛下から受けたのです。

日本語の意味、日本語の使い方、正しい日本語。

それは、実は我が国の民主主義の基本だったのです。

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