先の大戦以前の世界は白人が支配する世界でした。
地球上のほぼ全域が、白人の植民地支配の下にあったわけです。
しかし例外があった。
それは支那と我が国です。
支那と我が国だけは、白人からの植民地支配を受けてはおらず独立していました。
しかし、支那はアヘン戦争に敗れ白人からの介入を受けていた。
支那そのものも、自力で統治出来ずに白人を受け入れる事で、なんとか治めているのが実態で。
日本と対立したのも、白人の傀儡、白人の力を背景にしていました。
それは、支那から日本の権益を奪う為です。
しかし、日本は国際連盟からの要請で支那に駐留していた訳で、いまで言うならPKFやPKOによる派遣です。
それは義和団事件などで支那地域が内紛状態であった為です。
そしてアジア地域は完全に白人の植民地支配地域であって、それぞれ独立した国などなかったのです。
では支那は何故、我が国同様に白人の植民地支配を免れたのか?
それは
支那が白人側に付いたからです
白人の味方をしたのが支那です。
だからABCD包囲網なのです。
アジアで唯一白人の味方をした。
つまり、支那は実はアジアではなく白人側なのです。
そして白人の狙いは
日本の権益を奪い、力を削いで植民地支配する事
これにあります。
とにかく、日露にしても第一次世界大戦にしても、そして大東亜戦争にしても我が国は一貫して白人支配への抵抗であったのは明白です。
これらを無視して、先の大戦ばかりを摘み上げて『悪かった』と言うスタンスでやっているのが現在の歴史教育です。
我が国は長らく続いた白人の目に余る横暴に抵抗したのが先の大戦という事です。
支那はというと、世界は白人が支配するのだと思っていた。
だから白人の味方をしたのです。
支那・朝鮮地域を見れば、常に強い者につく、支配する側と支配される側という歴史です。
だから、白人側に入り、白人の味方をする事で生き延びようとしたのです。
我が国には、誰かに媚びて命を永らえる文化はありません。
天皇陛下を中心に民は平等だという文化です。
誰かを蹴落とし、自分だけが食えれば良い!なんて考えは全くない。
ですから、白人に支配され生きる選択などあり得ません。
先の大戦で我が国は多大な犠牲を払いました。
凡そ300万人の日本人が死んだ
内、民間人は80万人です。
後は軍人や軍属です。
80万人の民間人が犠牲になったのは、誠に痛ましい限りです。
やはり、一番には戦争を長引かせた事や種々の作戦失敗などがあります。
しかし、歴史は種々の細かい事にはとらわれず広い視野でその流れを見なければなりません。
それが歴史の本質です。
当時、白人は世界各地を植民地支配し、権益を貪っていたのです。
支配した地域の男を殺し、女を陵辱し、動ける元気な者は奴隷にした
オランダなどは『支配地域の現地人女性は陵辱して構わない』という法律まであったのです。
自分達にとって将来邪魔になるであろう現地人の優秀な若者は手首を切り落とされ。
一切の教育も受けられず、白人を主人として支えなければならない。
抵抗する者は皆殺し。
これが当時の世界の常識です。
その様子を我が国はつぶさに見ていた。
そして世界で初めて人種差別撤廃を主張したのです。
しかし、見事に一蹴されました。
白人は人種差別撤も植民地支配も手放す気など一切なかった訳ですね。
4へ続く
地球上のほぼ全域が、白人の植民地支配の下にあったわけです。
しかし例外があった。
それは支那と我が国です。
我が国は抵抗した
支那と我が国だけは、白人からの植民地支配を受けてはおらず独立していました。
しかし、支那はアヘン戦争に敗れ白人からの介入を受けていた。
支那そのものも、自力で統治出来ずに白人を受け入れる事で、なんとか治めているのが実態で。
日本と対立したのも、白人の傀儡、白人の力を背景にしていました。
それは、支那から日本の権益を奪う為です。
しかし、日本は国際連盟からの要請で支那に駐留していた訳で、いまで言うならPKFやPKOによる派遣です。
それは義和団事件などで支那地域が内紛状態であった為です。
そしてアジア地域は完全に白人の植民地支配地域であって、それぞれ独立した国などなかったのです。
では支那は何故、我が国同様に白人の植民地支配を免れたのか?
それは
支那が白人側に付いたからです
白人の味方をしたのが支那です。
だからABCD包囲網なのです。
アジアで唯一白人の味方をした。
つまり、支那は実はアジアではなく白人側なのです。
そして白人の狙いは
日本の権益を奪い、力を削いで植民地支配する事
これにあります。
とにかく、日露にしても第一次世界大戦にしても、そして大東亜戦争にしても我が国は一貫して白人支配への抵抗であったのは明白です。
これらを無視して、先の大戦ばかりを摘み上げて『悪かった』と言うスタンスでやっているのが現在の歴史教育です。
我が国は長らく続いた白人の目に余る横暴に抵抗したのが先の大戦という事です。
支那はというと、世界は白人が支配するのだと思っていた。
だから白人の味方をしたのです。
支那・朝鮮地域を見れば、常に強い者につく、支配する側と支配される側という歴史です。
だから、白人側に入り、白人の味方をする事で生き延びようとしたのです。
我が国には、誰かに媚びて命を永らえる文化はありません。
天皇陛下を中心に民は平等だという文化です。
誰かを蹴落とし、自分だけが食えれば良い!なんて考えは全くない。
ですから、白人に支配され生きる選択などあり得ません。
我が国の見たもの
先の大戦で我が国は多大な犠牲を払いました。
凡そ300万人の日本人が死んだ
内、民間人は80万人です。
後は軍人や軍属です。
80万人の民間人が犠牲になったのは、誠に痛ましい限りです。
やはり、一番には戦争を長引かせた事や種々の作戦失敗などがあります。
しかし、歴史は種々の細かい事にはとらわれず広い視野でその流れを見なければなりません。
それが歴史の本質です。
当時、白人は世界各地を植民地支配し、権益を貪っていたのです。
支配した地域の男を殺し、女を陵辱し、動ける元気な者は奴隷にした
オランダなどは『支配地域の現地人女性は陵辱して構わない』という法律まであったのです。
自分達にとって将来邪魔になるであろう現地人の優秀な若者は手首を切り落とされ。
一切の教育も受けられず、白人を主人として支えなければならない。
抵抗する者は皆殺し。
これが当時の世界の常識です。
その様子を我が国はつぶさに見ていた。
そして世界で初めて人種差別撤廃を主張したのです。
しかし、見事に一蹴されました。
白人は人種差別撤も植民地支配も手放す気など一切なかった訳ですね。
4へ続く