第三部 ヨーロッパの諸言語とナショナリズムの挑戦
第七章 言語からの号令
言語の運命への人間の介入 私的な道と公的な道
借用は元の言語の用語をそのまま持ち込むこともあれば、受け入れ側の言語の音韻に適応させることもある。借用に対しては、しばしばナショナリズム的態度によって拒否されることがある。その際、改革者たちは土着の語根や、それらの語根の組み合わせからなる複合語に依拠することを好む。p223
言語が民族をつくる
1848年の爆発によって、絶対主義国家がそのこだまを忘却の彼方に追いやろうとしていた古びたことばが再び姿を現した。諸民族が次々と発する声はうねりとなってヨーロッパを揺るがした。それは、中欧や東欧の少数言語にとって、もうひとつの彼らを運命を決定づけた時代、すなわち宗教改革と比することができるほどの希有な時期であった。p226
スラブの二つの民族の連合によって1918年に樹立された若いチェコスロバキア共和国の民主主義は、よくある歴史のいたずらで、今度は自分たちの内部のマイノリティの言語的要求に直面しなければならなかった。p238
現代エストニア語の言語改革のために、文の中でドイツ語をなぞったような語順を排除し、廃れていた語根や接尾辞をよみがえらせ、姉妹語であるフィンランド語からの借用語を増大させた。更に言語改革者としてはかなりまれな方式をも導入した。音が意味をなんとなく連想させるような形でこしらえた、人工的な単語を量産した。p245
フィンランド語とハンガリー語は数世紀の間、自分たちの言語を民族の生命の源泉とみなした熱心な言語学者たちのまれにみる熱意のもとで、鍛練され続けてきたという共通点がある。p249
民族が言語をつくる 言語の基礎となる国家、ことばの分裂、推進、再生
アイデンティティーを確立したいという意志だけで、ひとつの言語がゼロから創造されるわけではない。むしろ、長い間影に隠れていたり、ほとんど使用されていなくなっていたり、ばらばらの方言により構成されているようなことばに、文章語としての威厳を与える努力が払われる。p260
分岐点
日本語はおもしろい例を提供している。他に類を見ないという点で奇妙な証言が、第二次世界大戦直後にかなりの精神的動揺に陥った日本人がいたことを示している。1946年4月に小説家の志賀直哉がある論説を発表した。志賀はそこで日本語の「不完全さ」と、そのことによって「文化の進展が阻害され」ることを告発しつつ、国語として、その美しさと文明への貢献度の点からフランス語を採用したらどうかと提案したのである。p265
(ヨーロッパの諸言語がその確立のためにさんざん悪戦苦闘しているさまを読んだ後、唐突に志賀直哉のこの話を読むと、更に愕然としてしまいました。こら!直哉、なんば言うとるけ!という感じですね(笑)。高校の教科書で読んだ「城の崎にて」の中で、ケガした時、「フェータルなものかどうか」と聞いている人に感じた違和感がよみがえってきました)
第八章 ことばの城塞
ロシア語、または再統合した帝国
ソ連においては、出発当初の第三世界主義的ともいえる意志が影をひそめ、その後はジャコバン主義(国家的単一言語主義)の方向が取られることとなった。ロシア語推進政策は、連邦を構成する最も大きな共和国であるウクライナ、ベラルーシ、カザフスタン、さらにはバルト諸国やモルダヴィアの住民にも向けられた。p273
1988年から1990年の間に多くのソ連の共和国によって一連の言語法が採択される。
これらの言語法を検討すると、政治体の定義において言語に割り当てられた重要性があざやかに浮かび上がってくる。p281
ロシアはその歴史を通して、少なくともアジア的であるのと同程度にはヨーロッパ的であろうとしてきた。ツァーリ時代にモスクワは「第三のローマ」(第一はローマ、第二はコンスタンティノープル)とみなされていたし、その後は、西欧で生まれ、ロシアのことなど想定していなかったイデオロギーであるマルクス主義の祖国にもなった。p291
西欧と「小さき」言語
他の言語と公的地位を共有する言語
ベルギーのオランダ語、アイルランド語、マルタ語、ルクセンブルク語
抵抗の砦である言語
カタルーニャ語、ガリシア語、サルデーニャ語
衰退に立ち向かう言語
オクシタン語、バスク語、ブレイス語、ゲール語、カムリ語
ヨーロッパ東部では、国家の公用語の他に多くの少数言語が話されている。少数言語の数が西ヨーロッパよりはるかに多いだけでなく、話者数の点でも西ヨーロッパの規模をはるかに上回っており、ロシアはその際立った例を示している。p312
ソ連の言語政策には二つの重要な側面がある。ひとつは言語規範の確立であり、もうひとつは表記法の確立である。p320
おわりに
言語の習得のためにはテレビによる教育を利用すればモチベーションも大いに高まる。このやり方は日本で広く用いられている。日本人は外国語に対する好奇心が強いので、少なくとも今のところは、自国語と外国語の優位性を争ったりしない。p334
欧州評議会は諮問機関としての役割しかもたず、行政的執行権は持っていない。しかし加盟する際には、欧州人権規約を受け入れることが前提条件となっているが、その中には、言語的マイノリティに対する尊重が含まれている。p335-336
ヨーロッパ人はアメリカ合衆国のような単一言語主義の危険から逃れなければならない。ヨーロッパ人は、多言語の地の市民として、人間言語の多声的な叫びに耳を傾けることしかできない。p339
訳者あとがき
アントワーヌ・メイエとアジェージュが異なるのは言語の多様性への態度である。次々と民族語が自立していく状況に恐れおののいたメイエと異なり、アジェージュは言語の多様性への無条件の肯定の姿勢が見られる。
しかしその一方、民族と民族をつなぐ役割を果たす「連合言語」の重要性を認識している点では、メイエの「文明語」への執着と通じる。p344
アジェージュにとってロシア語はフランス語、ドイツ語、英語と並んで、ヨーロッパを支える主要な「連合言語」のひとつであり、その重要性は時と共に増していくとさえ予想している。p345
アジェージュの特異性として、ドイツ統一を眼前に見た時、ハンザ同盟とドイツ騎士団を思い浮かべる論者はどれほどいるだろうか。p346
1992年当時と現在で大きく異なるのは、英語の覇権である。当時はまだ「危機感」でしかなかった英語のプレゼンスは、現在はヨーロッパ域内でも圧倒的なものになっている。p354
(2001年頃の欧州評議会の会議でも英語が圧倒的で、議長のフランス語による「メルシーボク」という太い声が妙に印象的だったのを思い出す)
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