こないだ、世界遺産の石見銀山に行ったのである。2007年に世界遺産に登録され、当時は多くの人が訪れたが、最近はあまり名前を聞くこともなくなったような気もする。
当時は車やバスの乗り入れも可だったようだが、今は住民や公共機関(郵便等)の車両を除いては、乗り入れることができず、さらに数Kmにわたる地区を散策するのには、徒歩またはレンタ自転車(電動もあり)しかないという点でも、高齢者にとっては厳しいものがあるのかもしれない。
大型バスが連なって銀山地区を走行していた時代は、道路わきの斜面が崩れてきて、危険な兆候になったこともあったそうだ。(崩落防止の柵があるところもある)
なので、まず一般の駐車場がある、世界遺産センターを目指します。
ここから、武家・町屋ぞーんの中心地「大森」までは、路線バスで行くのですが、目の前でバスは発車してしまいます。
「次のバスはいつですか?」
「30分後です、良かったら展示室見ませんか?」
「あ、そうっすね」
「入場券は1日有効なので、帰りに再入場もできますよ」
「わっかりました」
ワオンカードで割引があります。チャージ機もあるので、残高不足でも大丈夫です。それにワオンだと、世界遺産地区にある間部(銀山の坑道)や、資料館などの割引も受けられます。
一部は撮影禁止ですが、写真OKの展示物も多くあります。これは江戸時代の「吹屋」を再現しています。(鉱石から銀を分離する方法)
5分前になったので、バス停に向かいましょう。世界遺産センター⇒大森は片道200円で現金のみです。千円札に限って、車内で両替ができます。
まずは、ガイドツアーを申し込みましょう。ボランティアガイドが、ワンコイン(500円)というお手頃価格で案内してくれます。
「龍源寺間部のツアー入れますか?」
「大丈夫ですよ」
ということで、ガイドと共に片道2.3Kmの道のりを歩くことにした。参加者は4名なので、随時質問なども受け付けて貰え、のんびりと歩き出した。
観光バスで来る団体さんは、随時ガイドがついて出発するようだ。団体ツアーは時間が決まっているため、がっちゃんこした場合は先に行かせて、こっち(個人参加)はのんびり歩くことができる。
人が入れないような間部(狭かったり危険だったり)は無数にあり、それぞれに数が振られている。龍源寺間部は、なんと500番である。
この銀山は千石時代~江戸時代にかけて盛行を極めた。銀を多量に産出できる鉱山であったため、覇権をめぐって戦国武将たちが争いを繰り広げた。大内・尼子・毛利といった武将たちに治められたが、江戸時代になると、徳川幕府の直轄領となった。
毛利家ゆかりの社であった豊榮神社(旧長安寺)は、徳川の時代に荒廃したが、復元工事が行われている。
現在、立ち入りはできません。
「なんでカメは、逆さまに置かれているのでしょうか?」
「えーっと、使ってないから、ごみが入らないように」(答えは最後※)
北前船などに水がめ+バラストとして積まれたカメですが、底が細くなっているのは転がして運びやすくするため。(確かにそうや)
猪が大量に生息しているそうです。
それとタヌキも。(この家のおばあさんが、趣味で収集しているとのこと)
世界遺産地域の中にも、一般の住宅があり日々の暮らしがあります。ここは小学校です。生徒全員の名前が書いてある、植木鉢があります。鉢の数が8個なので、在校生は8人ということが分かります。
大森から歩いて、龍源寺間部に到着しました。入場料は別なので、ここでチケットを購入します。支払いは、ワオンがお得です。
龍源寺間部は、500番となってますね。
団体さんがいるので、先に入ってもらいましょう。
坑道内は証明があり、整備されているので歩きやすいですが、頭上は頭を打たないように注意しましょう。
気温は18~19℃で快適です。
間部の位置を決めるのは山師といって、山を知り尽くした職人です。「ここに銀の鉱脈があるから、掘れ~」みたいな。
首尾よく銀の鉱脈に当たると、そこから坑道は左右に広がります。側道は立ち入り禁止です。それを繰り返しながら、山の奥や地下に向かって掘り進みます。
観光用の坑道はここが終点ですが、実際の坑道は山の中をアリの巣のように存在します。我々が入れるのは、そのほんの一部ということになります。
昔は、坑道を入ったらそのままバックしていたそうですが、今は観光客を一方通行にするために、あたらな出口を作っており、地下で渋滞することはありません。
で、ガイドツアーはここで解散となります。帰りは、両通行禁止の遊歩道を通ってもいいし、来た道を戻ってもいいです。
せっかくなので、遊歩道を帰りましょう。
というのは、ガイドツアーでは行かなかった、「清水谷精錬所跡」があるからです。明治時代になってから、再開発が行われましたが、鉱石の品質が思ったより良くなく、設備の精錬能力も十分ではなかったため、わずか1年半で操業を停止してしまったとのこと。つまり、採算がとれなかったためですね。
「今でも銀は産出されるのか?」という質問をしたら、産出されるが採算が合わないため、鉱山としては成り立たないとのこと。なるほど~
↓これが、銀を含む鉱石です。途中のお店で、持たせてもらいました。
自販機はあるので、飲み物の購入は可能ですが、世界遺産に指定された地区のためか、木枠に治められてますね。多分、環境省かなにかの、規制があるのでしょう。
龍源寺間部の見学だけで、ほぼ午後は終了です。世界遺産センターも、もう少し見たいのでセンターに戻りましょう。武家・町屋ゾーンや代官所ゾーンもあるのですが、とても1日では回りきれません。残念ながら、次回ということにしましょう。
石見銀山は、銀を多量に産出した仙ノ山を中心に、山間にひろがる町を含む広大なエリアに広がっています。山吹城跡にも登山は可能で、数回に分けて行かなければ、とても回れないほどです。
お手軽観光だと、大森でレンタサイクルを借りて、ちゃちゃっと見て回るという手もありますが、こうやってガイドと共にのんびり歩く、というのも乙なものではないかなと思います。できたら、兵どもの夢のあとの城跡にも登ってみたいかなと思った次第ではあります。
石見銀山世界遺産センター 入館有料
島根県大田市大森町イ1597-3 P無料
※カメに水を入れて(雨水でも)立てておくと、冬になり水が氷るとカメごと割れてしまうため。
【おまけ】石見銀山ねこ どのネコも、逃げはしないが寄ってもこない。警戒心がある目つきからすると、野良ネコ達のようだ。
①
②
③
④
⑤あ、これは鴨でした。
当時は車やバスの乗り入れも可だったようだが、今は住民や公共機関(郵便等)の車両を除いては、乗り入れることができず、さらに数Kmにわたる地区を散策するのには、徒歩またはレンタ自転車(電動もあり)しかないという点でも、高齢者にとっては厳しいものがあるのかもしれない。
大型バスが連なって銀山地区を走行していた時代は、道路わきの斜面が崩れてきて、危険な兆候になったこともあったそうだ。(崩落防止の柵があるところもある)
なので、まず一般の駐車場がある、世界遺産センターを目指します。
ここから、武家・町屋ぞーんの中心地「大森」までは、路線バスで行くのですが、目の前でバスは発車してしまいます。
「次のバスはいつですか?」
「30分後です、良かったら展示室見ませんか?」
「あ、そうっすね」
「入場券は1日有効なので、帰りに再入場もできますよ」
「わっかりました」
ワオンカードで割引があります。チャージ機もあるので、残高不足でも大丈夫です。それにワオンだと、世界遺産地区にある間部(銀山の坑道)や、資料館などの割引も受けられます。
一部は撮影禁止ですが、写真OKの展示物も多くあります。これは江戸時代の「吹屋」を再現しています。(鉱石から銀を分離する方法)
5分前になったので、バス停に向かいましょう。世界遺産センター⇒大森は片道200円で現金のみです。千円札に限って、車内で両替ができます。
まずは、ガイドツアーを申し込みましょう。ボランティアガイドが、ワンコイン(500円)というお手頃価格で案内してくれます。
「龍源寺間部のツアー入れますか?」
「大丈夫ですよ」
ということで、ガイドと共に片道2.3Kmの道のりを歩くことにした。参加者は4名なので、随時質問なども受け付けて貰え、のんびりと歩き出した。
観光バスで来る団体さんは、随時ガイドがついて出発するようだ。団体ツアーは時間が決まっているため、がっちゃんこした場合は先に行かせて、こっち(個人参加)はのんびり歩くことができる。
人が入れないような間部(狭かったり危険だったり)は無数にあり、それぞれに数が振られている。龍源寺間部は、なんと500番である。
この銀山は千石時代~江戸時代にかけて盛行を極めた。銀を多量に産出できる鉱山であったため、覇権をめぐって戦国武将たちが争いを繰り広げた。大内・尼子・毛利といった武将たちに治められたが、江戸時代になると、徳川幕府の直轄領となった。
毛利家ゆかりの社であった豊榮神社(旧長安寺)は、徳川の時代に荒廃したが、復元工事が行われている。
現在、立ち入りはできません。
「なんでカメは、逆さまに置かれているのでしょうか?」
「えーっと、使ってないから、ごみが入らないように」(答えは最後※)
北前船などに水がめ+バラストとして積まれたカメですが、底が細くなっているのは転がして運びやすくするため。(確かにそうや)
猪が大量に生息しているそうです。
それとタヌキも。(この家のおばあさんが、趣味で収集しているとのこと)
世界遺産地域の中にも、一般の住宅があり日々の暮らしがあります。ここは小学校です。生徒全員の名前が書いてある、植木鉢があります。鉢の数が8個なので、在校生は8人ということが分かります。
大森から歩いて、龍源寺間部に到着しました。入場料は別なので、ここでチケットを購入します。支払いは、ワオンがお得です。
龍源寺間部は、500番となってますね。
団体さんがいるので、先に入ってもらいましょう。
坑道内は証明があり、整備されているので歩きやすいですが、頭上は頭を打たないように注意しましょう。
気温は18~19℃で快適です。
間部の位置を決めるのは山師といって、山を知り尽くした職人です。「ここに銀の鉱脈があるから、掘れ~」みたいな。
首尾よく銀の鉱脈に当たると、そこから坑道は左右に広がります。側道は立ち入り禁止です。それを繰り返しながら、山の奥や地下に向かって掘り進みます。
観光用の坑道はここが終点ですが、実際の坑道は山の中をアリの巣のように存在します。我々が入れるのは、そのほんの一部ということになります。
昔は、坑道を入ったらそのままバックしていたそうですが、今は観光客を一方通行にするために、あたらな出口を作っており、地下で渋滞することはありません。
で、ガイドツアーはここで解散となります。帰りは、両通行禁止の遊歩道を通ってもいいし、来た道を戻ってもいいです。
せっかくなので、遊歩道を帰りましょう。
というのは、ガイドツアーでは行かなかった、「清水谷精錬所跡」があるからです。明治時代になってから、再開発が行われましたが、鉱石の品質が思ったより良くなく、設備の精錬能力も十分ではなかったため、わずか1年半で操業を停止してしまったとのこと。つまり、採算がとれなかったためですね。
「今でも銀は産出されるのか?」という質問をしたら、産出されるが採算が合わないため、鉱山としては成り立たないとのこと。なるほど~
↓これが、銀を含む鉱石です。途中のお店で、持たせてもらいました。
自販機はあるので、飲み物の購入は可能ですが、世界遺産に指定された地区のためか、木枠に治められてますね。多分、環境省かなにかの、規制があるのでしょう。
龍源寺間部の見学だけで、ほぼ午後は終了です。世界遺産センターも、もう少し見たいのでセンターに戻りましょう。武家・町屋ゾーンや代官所ゾーンもあるのですが、とても1日では回りきれません。残念ながら、次回ということにしましょう。
石見銀山は、銀を多量に産出した仙ノ山を中心に、山間にひろがる町を含む広大なエリアに広がっています。山吹城跡にも登山は可能で、数回に分けて行かなければ、とても回れないほどです。
お手軽観光だと、大森でレンタサイクルを借りて、ちゃちゃっと見て回るという手もありますが、こうやってガイドと共にのんびり歩く、というのも乙なものではないかなと思います。できたら、兵どもの夢のあとの城跡にも登ってみたいかなと思った次第ではあります。
石見銀山世界遺産センター 入館有料
島根県大田市大森町イ1597-3 P無料
※カメに水を入れて(雨水でも)立てておくと、冬になり水が氷るとカメごと割れてしまうため。
【おまけ】石見銀山ねこ どのネコも、逃げはしないが寄ってもこない。警戒心がある目つきからすると、野良ネコ達のようだ。
①
②
③
④
⑤あ、これは鴨でした。