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IMジェイエスピー社員が綴る日替わりブログ

忘れて来た物

2012-03-01 12:01:18 | 日記
 最近のおじさん世代はテレビっ子として育った人が多い。私も例外ではない。年中テレビを見ながら暮らしていた。寝ても覚めてもテレビテレビである。当時のテレビには、それだけテレビに明け暮れても飽きさせない面白さがあった。テレビの向こうに明るい未来があり過去があり、今まで見たことのない海底の世界や宇宙の彼方の出来事があった。テレビを通して冒険していた、と言ってもいいだろう。
 
 それがいつのまにか、テレビを見る時間が少なくなり、今やかなり年配の人まで、テレビを見なくなった時間を使って携帯電話やスマートフォンである。携帯電話の向こうに見えているのは明るい未来ではない。身近な現実である。人によってはゲームかもしれない。現実の世界だけでなくゲームの中の世界でも時間と戦い、急いで何かすることを強要される。
 
 携帯につなぎとめているものが誰かから送られてくるメッセージであるという人も多かろう。心を癒してくれる一言に触れる場合もあるが、ほとんどは動揺をもたらす急ぎのメッセージである。何も急いで対処する必要が無いようなものまで、急いで急いで何とかする。携帯電話が吐き出す呪文に操られる操り人形のようなものだ。
 
 その携帯電話を大雪の昨日、家に忘れてきてしまった。昔見た時代劇で、刀を無くしたサムライがバランスを失ってまっすぐ歩けない場面があったのを思い出す。携帯電話が無いというだけで何か頼りない自信のない感じがする。しかし、その反面、自由である。操り人形だったピノキオが命を吹き込まれたようなものかもしれない。赤ん坊の手のひらのような雪が舞う中、急に仕事を忘れて遊びに行きたくなった。自由とはつまり、そんなテキトーなものだ。誰かへの義理も約束もみんな忘れて束縛されない、自由。もしかすると、携帯電話が人を捉えて離さなくなる以前の人類には、そんな自由がもっと豊富にあったのではなかろうか。逆の見方をすれば、人はもっと寛容だったのではなかろうか。
 
 雪が降れば遊びに行って帰って来ない。桜が咲けば遊びに行って帰って来ない。そんなテキトーな人物が山のようにいたはずだが、そんな人が山のようにいてもなお、日本の経済は元気よく世界の頂点を目指して突っ走っていた。人に寛容でありながら自分に厳しく生きようとする気持ちが戦後の日本を前へ前へと推し進めていたのではないか、とふと思う。
 
 テキトーな自由人の代表格と言えば「寅さん」だ。ぶらりと現れては消えてゆく。だが、周囲の皆さんは寅さんに寛容だった。自分たちが実現し得ない自由を寅さんに実現させて欲しいと願っていた。当時のテレビが面白かったのはそんな自由と寛容さが作り手の周囲を取り巻いていたからに違いない。
 
 私たちは今や携帯に束縛され、常に大事なものをどこかに忘れて来てしまった気分がある。だが不思議なことだが携帯を忘れると忘れて来てしまったもののことを思い出すことができる。だがそれを思い出したからといって、染み付いてしまった束縛への依存と不寛容が急に拭い去れるものではない。少しずつそうなってしまった心を解き放つのにはやはり長い時間がかかる。どんな自分でありたいか、選択するのは結局のところ自分でしか無い。低い方に流れるのは水も人も同じということだ。しかも低いところが絶対に悪いところか、というとそうでもない多様な社会であるから手に負えない。(三)
 
 
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株式会社ジェイエスピー
  横浜に拠点を置くソフトウェア開発・システム開発・
  製品開発(monipet)、それに農業も手がけるIT企業
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