JSP_Blog

IMジェイエスピー社員が綴る日替わりブログ

いつもそこに

2012-03-12 14:55:29 | 日記
 今では幼稚園に通う子供にさえ携帯電話を持たせている時代である。そんな時代に生きる若い人には携帯電話どころか固定電話すら無かった小学校時代を過ごした私の経験など笑われるだけだろう。家に黒いダイヤル式の電話がやって来たのは小学校6年も終わりの冬だった。ダイヤル式と言ったって通じないかもしれない。黒い電話の前面に着いたリングの穴に人差し指を突っ込んでグルリと回すのだ。リングはジッーというような音を立ててゆっくり戻ってくる。これをかけたい番号の回数繰り返さないと電話がかからない。記録されている番号の相手を選択すればいきなり電話がかかる今の携帯と比べると、電話をかけるのにえらく時間がかかる方式ではある。それでも電話が無い時代と比べれば格段に便利になったことは確かだ。
 
 私は幼い頃は四季折々必ず扁桃腺を腫らして高熱を発する少年だった。そもそも常にちょろちょろと動き回る子供で、今ならADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断されかねないほど、あちこちに気が散って落ち着つかない子供だったから、その子供が高熱を発してぐったりしてしまうと母はいつもおろおろと大げさに心配して私を寝かしつけ、駅前のお医者様に走った。歩いて7~8分の距離だ。電話が無い家だったので、自分で動いて知らせに行くしか無かったのだ。サンダル履きで医院の扉にたどり着くまでおそらく一回も休むこと無く走り続けたに違いない。お医者様はいつも慌ただしく戻って来た母のすぐ後で看護婦を連れて大きなカバンを持って往診してくれた。優しい先生だった。
 
 当時は今のようにすぐ効く解熱剤なども無かった時代なので、お医者様が帰った後も母は枕元に座って熱が下がるまで洗面器の水でタオルを絞って額に乗せてくれた。ほぼ毎回翌日朝方まで熱は下がらず、熱で乾いてしまったタオルと冷たく絞られたタオルが暗がりの中で交換されるのを私はじっと待っていた。明るくなる頃になって母の手が私の額に乗り、熱が下がったと安堵すると急に私も元気になったような気がしたものだ。
 今思えば私が今こうして好き勝手に生きていられる理由の大半は母が命を削って守ってくれたおかげだ。
 
 震災から1年、大地震の発生したその時刻に私は急に入院した母のベッド脇に座り、皺だらけになってしまったその寝顔を見つめていた。被災した方々に対する思いと同様、母に対してもこんな自分に何ができるのか、考えていた。
 
 いつもそこにあった優しさに今さらながら感謝しないではいられない。とてつもないことをして、ほら、と見せびらかす必要は無い。ほんの少し真剣に優しくなればいい。いつでも忘れずに大事なものを大事にしていればいいのだ。母がそうしてくれたようにいつもそこにいて大丈夫大丈夫と笑っていれば、きっと大丈夫なのだ。日常の些細なことが人を支え一歩踏み出す力になる。そう信じている。(三)


monipet
  動物病院の犬猫の見守りをサポート
  病院を離れる夜間でも安心

ASSE/CORPA
  センサー、IoT、ビッグデータを活用して新たな価値を創造
  「できたらいいな」を「できる」に

OSGi対応 ECHONET Lite ミドルウェア
  短納期HEMS開発をサポート!

GuruPlug
  カードサイズ スマートサーバ

株式会社ジェイエスピー
  横浜に拠点を置くソフトウェア開発・システム開発・
  製品開発(monipet)、それに農業も手がけるIT企業
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

思い出ダイバー 五

2012-03-12 02:42:26 | 日記
2011年10月某日。

秋とはとても思うことができないほどの暑さを感じる中、休日だというのにスーツを着て電車に乗り込んだ。

新宿駅で中央線快速に乗り換え、ある場所を目指す。人生初の「映画のエキストラ出演」するためだ。

お昼を済ませてから喫茶店に入り、アイスコーヒーと灰皿を手に持ち喫煙フロアまで駆け上がる。煙草に火を点け、煙を吐き出す。これから起こるであろう予想もつかない出来事に対して、緊張している自分がいた。ただのエキストラなのに。

ファンである女優さんを生で見ることができる機会なんてめったにない。「人生で何度もあることじゃないし、行ってくれば?」このエキストラの話も、嫁がネットで見つけてくれた賜物である。彼女の情報収集能力にはいつも感謝している。

話を戻そう。

普段は煙草を2本吸って店を出るところを、4~5本吸ってからようやく腰をあげた。店を出ると周りには自分と同じようにスーツを着たり着物を着たりしている人々が目的地に向かって歩いていた。

そう、今回のエキストラ撮影は「卒業式」のシーンである。

現場に到着すると、受付で名前とメール(申し込み結果の返信メールである)を見せた。すると、

「おいくつですか?」

ここで素直に自分の年齢を言った事を後に悔やむことになる。

「では父兄役としてホールの2階に進んでください」

後で知ったが、30歳未満は卒業生役としてフロアに、30歳以上は父兄役として2階席に行くことになっていたようだ。

時間になると、スタッフが注意事項をしゃべりだした。

「公開は3月になるので、それまでは今日の内容をしゃべらないでください。twitterやFacebookなどにも投稿するのはやめてください。それから・・・」
なるほど、最近は情報が漏れやすいから当然の注意だ。

撮影が始まる前に、映画のヒロイン役の女優さんが紹介された。この人を見るためにはるばるここまで来たのだ。ホントに生で見れた。嫁よ、ありがとう!

ヒロインは卒業生役で答辞を読むようだ。それに合わせて拍手をする、ってだけの撮影。ただし、そのホールのキャパシティに比べて、半分ほどのエキストラしかいないのだが、カメラで写す範囲に人がいればいいようで、何度も席を移動した。父兄も卒業生役も。2階から1階を見ると、凄いスカスカの席が目立っているのだが、それで問題ないようだ。

拍手と移動と待ち時間で約3時間の撮影が終わった。何人かはその後の謝恩会の撮影もあったようだが、自分はここで終了となった。
最後に受付で記念品をもらったが、映画とは関係なく、テレビ局のマスコットのシャープペンシルとノート1冊だった。うん、そんなもんだよ。


で、公開にあたり、その映画の舞台挨拶付きの鑑賞券の応募を又もや嫁が手配してくれていた。「当たったら凄いよねー」なんて言っていたら、ホントに当選してしまった!凄い強運。「人生で何度もあることじゃないし、行ってくれば?」そう言ってくれた嫁に感謝して、3/3に映画館へ行った。

ポップコーンを頬張りつつ、ワクワクしながら時間が来るのを待っていると、司会の男性が登場した。あれ?なんだか見たことがある人だぞ?と思っていたら、某TV局の男性アナウンサーだった。凄い!見たことある人だ!って興奮していたら、隣の島のお客さんが派手にポップコーンを床にばら撒く音で我に返った。

舞台上では出演者の方々が挨拶を行っていた。撮影の時には遠くて小さく見えた女優さんも、今回は凄く近い席だったので、肉眼でハッキリ確認することができた。もうこれで今年のくじ運は全て使い切ってしまったかもしれない。が、この映画の製作に自分も関わったと思うと、ちょっと嬉しかった。エキストラだけど。

見終わった後、なんだかモヤモヤした感じが生まれた。それが何だか分からないまま駅に向かって歩いていた。途中、喫煙所に寄って煙草に火を点けた途端、モヤモヤが何なのかハッキリした。

自分もいつも同じことしてるじゃないか!
映画じゃないけど、何かを作ることに参加しているじゃないか!


スッキリした気分で、自分の仕事も同じだと改めて感じた。


エキストラかもしれないけど。

絶賛公開中

(照)


monipet
  動物病院の犬猫の見守りをサポート
  病院を離れる夜間でも安心

ASSE/CORPA
  センサー、IoT、ビッグデータを活用して新たな価値を創造
  「できたらいいな」を「できる」に

OSGi対応 ECHONET Lite ミドルウェア
  短納期HEMS開発をサポート!

GuruPlug
  カードサイズ スマートサーバ

株式会社ジェイエスピー
  横浜に拠点を置くソフトウェア開発・システム開発・
  製品開発(monipet)、それに農業も手がけるIT企業
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする