愛媛県宇和島市からの良いたより♪

私のブログでは次の内容を紹介致します。
1.「神の王国の良いたより」、聖書教育
2.花々、風景写真
3.俳句、他

小学3年生の時に3歳の妹を亡くした悲しい思い出・・・

2022-06-16 23:14:33 | 思い出

 この事物の体制下では、私たち人間は、時と予見しえぬ時に、愛する家族や友人や知人を亡くし、誰もが悲しみや悲嘆を経験します。

 大学1年生の時、社会科の教授が、人が経験する最大の悲しみは、親が子供に先立たれることである。よって病気などをして親より決して早く死ぬことがないように、健康に留意して生活するように、と話され、とても印象に残りました。親が年老いて老衰で死に、子も同じように年老いて死ぬのが順当なのだ、と、話された言葉を今も覚えています。

 私は小学3年生の梅雨時だったと記憶していますが、わずか3歳の妹を病気で亡くしました。兄と妹が昼間は小雨の外で遊び、夕食後、夕刻から妹が高熱を出しました。両親はかかりつけの医師に来てもらい、医師は寝ないで治療をしてくださっていました。しかし、高熱は下がらず、3日目に妹は亡くなりました。私は亡くなった妹が可哀そうで、抱きしめて離しませんでした。母親に離して横にするように、と言われてもずーっと抱いたままでいました。しかし、妹は生き返ることなく、葬式が行われました。

 当時は葬儀後は火葬ではなく、集落の良く見える里山のふもとにある、代々の墓に土葬をしました。地域の人たちが穴を掘り、棺を入れ、家族や地域の人たちが土で棺を埋める時の土の音が今でも耳に残っています。

 埋葬後は、当時はお墓の灯篭にローソクを夕刻になると40日間灯しました。その役目を私が毎日行いました。実家から300m位の場所を毎日ローソクを灯しに行き、夜に妹が生き返っても道に迷わないよう、明かりを絶やさないように、と言われ、暗くなった夜道を走って帰っていたことも覚えています。

 妹が亡くなった時からの両親の悲しみは、大変なものでした。特に母は毎日、棺を掘り起こしに行くと、言って、悲嘆に暮れていました。父が母親を慰め、いつも棺の掘り起こしに行くという、母を慰め、とどまらせていました。両親は自分の幼い娘を失い人生最大の悲しみを背負ったのです。その姿を見るのは子供心にとても辛く、ずーっと心の中に残りました。後に聖書を学び、復活の福音を知り、少しずつ悲しみが和らぎ、復活の希望に立てるようになりましたが、それでも悲しみの心は残ります。

 わずか3歳の妹は、特に母親思いで、母親が座ろうとすると、すぐに座布団を用意し、母親の座るところに座布団を敷く気配りをし、母親を喜ばせていました。その妹の姿が脳裏にはっきり残っています。

 私の両親は私が28歳の時に、一番上の兄を事故で亡くし、人生の最大の悲しみを2度にわたって経験しました。私が聖書を学んだあと、帰省時に聖書を読んで差し上げ、復活の希望を伝えると、とても喜んでくださり、親孝行ができました。私が帰郷した秋に父は94歳、母は89歳で、続いて亡くなりましたが、この地上が間もなく楽園に回復され、そこに妹や兄や両親が復活し、再会できる日を楽しみにしています。

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    真正面 ツバメ飛び来し 挨拶か 今日の一句

  

          庭に咲いている「ホタル袋」

 

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宇和島市八つ鹿工房の陶芸作品とフロックスの花♪

2022-06-16 21:50:53 | 四季折々の花々

 本日梅雨の晴れ間に所用で宇和島市役所に行きましたら

1階のロビーで、宇和島市八つ鹿工房の

しょうがい者の方々の陶芸作品の展示即売が行われていました。

とても個性豊かで温かみのある力作が展示されていました。

この展示即売会は毎年1回開催されています。

 素敵な作品があったので私も少し買い求めました。

 今日は宇和島市八つ鹿工房の陶芸作品とフロックスの花を紹介致します。

1.6月16日の宇和島市役所内での八つ鹿工房の陶芸作品

 

 

        職員の方と八つ鹿工房で働いている方

 

 

    

 

 

         貝殻を利用したスタンドの傘

 

 

        貝殻を利用した電気スタンドの傘

   

   

 

 

 

2.6月16日の近くの道辺のフロックスの花

 

 

 

 

 

 

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神エホバがモーセを通して命じたイスラエル人の長の順番・5,6,7日目の捧げ物♪

2022-06-16 21:15:37 | 神の言葉・聖書

 神エホバがモーセを通して、イスラエル人の長の1人が順番に、神エホバの祭壇に献じるための捧げ物を命じた通りに、各長が1日目~4日目までの自発的な最良の捧げ物が細かく記されていました。引き続き5日~7日目に順番に捧げられた捧げ物が次の通りに記されています。

5日目は、シメオンの子たちの長、ツリシャダイの子シエルミエルが捧げ物をした聖なる標準重りで1.5キロの銀の皿1枚と0.8キロの銀の鉢1個で、両方とも、穀物の捧げ物として油を混ぜた上等の麦粉が満たしてあった。さらに、香を満たした110グラムの金の杯1個、全焼の捧げ物として若い雄牛1頭、雄羊1匹、1歳未満の雄の子羊1匹、の捧げ物として子ヤギ1匹、供食の犠牲として牛2頭、雄羊5匹、雄ヤギ5匹、1歳の雄の子羊5匹。以上がツリシャダイの子シエルミエルの捧げ物である。

 6日目は、ガドの子たちの長、デウエルの子エルやサフが捧げ物をした。聖なる標準重りで1.5キロの銀の皿1個と0.8キロの銀の鉢1個と、両方とも、穀物の捧げ物として油を混ぜた上等の麦粉が満たしてあった。さらに、香を満たした110グラムの金の杯1個、全焼の捧げ物として若い雄牛1頭、雄羊1匹、1歳未満の雄の子羊1匹、の捧げ物として子ヤギ1匹、供食の犠牲として牛2頭、雄羊5匹、雄ヤギ5匹、1歳の雄の子羊5匹。以上がデウエルの子エルやサフの捧げ物である。

 7日目は、エフライムの子たちの長、アミフドの子エリシャマが捧げ物をした聖なる標準重りで1.5キロの銀の皿1枚と0.8キロの銀の鉢1個で、両方とも、穀物の捧げ物として油を混ぜた上等の麦粉が満たしてあった。さらに、香を満たした110グラムの金の杯1個、全焼の捧げ物として若い雄牛1頭、雄羊1匹、1歳未満の雄の子羊1匹、の捧げ物として子ヤギ1匹、供食の犠牲として牛2頭、雄羊5匹、雄ヤギ5匹、1歳の雄の子羊5匹。以上がアミフドの子エリシャマの捧げ物である」(民数記7:36~53)。

 上記の聖句に記録されている通り5日目~7日目までのイスラエル人の長が順番に献納した捧げ物が記されていますが、全く同じ最良の捧げ物であったことが記されています。

 引き続き8日目以降のイスラエル人の長が順番に献納した内容が記されていますので、次回にお伝えいたします。

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    しょうがい者 陶器即売 梅雨晴れ間 今日の一句

 

          卓上の「アジサイの花」

 

 

 

 

 

 

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