暑いけど9月になる。
たいした夏らしい記憶も残さないまま、
その不快感だけを引きながら、
彗星のごとく夏がゆく。
生まれた町の小学校の近く。
これもずっと昔からずっとここにある。
時間と空間の関係について考え始めている。
ここはあの日と変わらない場所、あの日と同じものが同じ場所にある。
なぜ、あのころではないのだろう。
6段変速だとどうしても各段のギヤ比の変化が大きくなってしまう。
足への負担が大きい。
いっそ、固定ギヤにするか。
そのほうがメンテも楽だし。
しかし、機械を操る醍醐味とか満足感をスポイルすることになる。
ま、もう少しこれに乗ろう。
11時から1時。快晴ならきっと死んでいる。
少し気温も低い。
とは言っても、8月末らしくない真夏の曇り空。
また、よく走る。
久しぶりだったので、最初は、動体視力と腕、足、腰、腹筋がバラバラ。
だんだん慣れてくるとラリーも続く。
続くと運動強度も上がる。
そして走る。
帰って、フロ、メシ、そしてお昼寝2時間。
疲れた。
どまつりのサテライト会場。
このトラックの後部に大スピーカーが搭載されていて、大音量で鳴らしながら踊るのだ。
勝川商店街の一方通行の狭い道幅をいっぱいに、踊り子たちが躍動する。
道路脇のスペースも小さいので、すごく近い。
すごい迫力。
夏が暑いから祭りがあるのだろう。
小学校5年生の時にこのマンガを読んだ。
それを読んでしまったことをはっきりと後悔した。
先生の個人所有、先生のすすめに従って読んだ。
なんでこれを勧めたのか、本気で怒ったのを覚えている。
今でも残虐シーン、あまりにも凄惨なけが人、死人。思い出したくない。
新聞紙上で、図書館の閉架に移したと話題になっている。
経験に照らして、それは妥当な判断だと思う。
戦争を否定することと、その残虐さをリアルでショッキングな描写で表現するのは、
どうも次元が違うとずっと思っている。
しかし、新聞紙上では、自由に閲覧できない状態にしたことに批判的な記事や一般投稿
しか目にしない。むしろ礼賛する空気である。
しかし、このショッキングなマンガは子供の目から遠ざけるのべきである。
少なくとも、子供のころに読んで、未だに心の傷が癒えない者がいる。
大人の理屈で考えることと、子供の感受性は全く関係がない。
「子供たちに読んでほしい。」
今日も新聞で目にした。
あなたは、子供のころに、これを読みましたかと問いたい。
もちろん、作者も、それを勧める大人にも悪意は無い。
しかし、論調として、このマンガを正しいものとし、それを否定することを悪とされている。
できれば、新聞には、これを否定した関係者の証言も同じ量で記事に投入してほしい。
このマンガを読まなくても、問題を暴力を用いて解決することの愚かさは理解させられる
はずだし、そうすべきである。
このマンガは絶版にしてほしい。