「―――以上で、このような作戦を提示しましたが、いかがでしょうか?」
AAのブリッジに、落ち着いたテノールが響く。
「うん、いいんじゃない?それで行こうと思うけど。」
キラがラクスを見やると彼女も頷く。
「えぇ。流石はアスランですわね。また状況は変わるかもしれませんが、今はこれで様子を見ましょう。」
「わかったわ。先ずは宇宙に上がったばかりですし、こちらの宙域での戦力を整えましょう。」
ラクスと共にマリューも頷くと、アスランは軽く一歩下がって一礼する。
「では、俺はこれで。」
あくまで控えめな彼は、静かにブリッジを後にする。
その姿を見送って、バルトフェルドがやれやれとばかりに口を開いた。
「全く、こういう時は少し雑談込みで、皆とコミュニケーションの一つも取ればいいんだがね。」
「元々静かなほうよね。彼は。初めて会ったときから、大人びた子だと思っていたけど。」
マリューが小首をかしげて微笑む。
「えぇ。無口ですけどお優しい方。私が話しかけないと、なかなかお口を開いてはくれませんでしたわ。」
「え!?ラクス様、婚約者だったのに、おしゃべりとかされなかったんですか?」
目を見開いて驚くメイリン。だが彼女もミネルバでの日々を思い返す。
「…でも確かに、ミネルバでもアスランさんがあまり私語しているの、見たことないですね。「大丈夫ですか?」と聞けば「大丈夫だ」とか、「これでいいでしょうか?」には「あぁ」くらいでしたもん。」
「僕は気にしたことないけど、アスラン元々人見知りもある方だから。でも凄く頼りになって、しっかりしていて、いつもお兄さんみたいだったよ。」
キラがそう口にし、皆が皆頷く―――が、考え込むように「う~ん…」とうなる男が一人。
「ムゥさん、どうしたんですか?」
「だから、俺はネオーーー…は今はいいや。あの坊主、そんなに大人でしっかり者か?」
「えぇ、だって怪我をしても弱みなんて一つも見せようとしないじゃない?」
マリューがそういうものの、ネオは少し口角を上げるようにして得意気に話し出す。
「そうか~?俺は病室で隣にいたから知っているけど、キラ以外にも一人だけいるだろう…あのオーブのお姫様が。」
「カガリさんとは確かにオーブで護衛をしてくれていたくらいだから、仲はいいと思うわよ。」
「いんや。ただの仲じゃないね。弱みを見せない、って言っているけどさ、アイツ、お姫様の前じゃ「いっそ死にたいくらいだ」だの「焦ってたのかな?」だの、結構甘えていたぜ♥」
「あ、アスランさんが、ですか!?」
メイリンが思わず両手で口を押える。何しろミネルバじゃ第二次ヤキンドゥーエ戦を戦い抜いた英雄であり、FAITHで憧れの的だった。あの彼がそんなことを言うとは到底信じがたい。
「そうですわね。カガリさんは彼にとって特別な人ですから。」
「彼女を残して一人戦場へ―――か。分かる気がするが。」
バルトフェルドが一人呟き、ロケットの蓋を開ける。中には彼の永遠のパートナーの写真。
「ついこの前までZAFT、しかも議長の側にいたんだ。だからここにいる連中とは話しにくいし、自分を抑え込んでいるのかもしれんが、余計なストレスは溜めないといいんだがな。」
彼の言葉にキラとラクスは視線を合わせる。
その後一人、キラは彼の姿を探した。
廊下で周囲を見渡していると、「クシュン!」という聞き覚えのあるくしゃみが耳を捕えた。
そこに向かうと案の定、休息所に1人、タブレットに何やら打ち込んでいる彼の姿があった。
「アスラン、少し休みなよ。まだ身体だって万全じゃないんだから。」
そう言いながら、食堂で貰ってきた飲料パックを彼に向って放る。無重力の中、ゆっくりと真っすぐに投げられたそれを受け取り、アスランが軽く微笑む。
「大丈夫だ。傷は塞がったし。こういう時自分がコーディネーターでよかったと思うよ。」
「アスランの「大丈夫」は当てにならないんだもん。身体の方はもちろん、その…心の方もさ。」
「え?」と澄んだ翡翠が少し見開く。
「さっき、アスランが出ていったあと、皆で話していたんだ。もうちょっと遠慮しないで皆と一緒に居たっていいのに、って。」
「あー、それでか。」
「?何が?」
「さっきからくしゃみが止まらなかった。」
「え…あはは!」
「笑わなくてもいいだろう…」
少し気分を崩したか、キラが慌ててアスランに謝る。
「ごめん。でも心配なんだ。僕にはラクスがいてくれるから、不安とか色々話ができるけど、アスランは、その…」
「別に俺に遠慮する必要はないだろう。ラクスが今はお前にとって支えなんだし、彼女もそうだ。俺といたときは、あんな表情を見せることなんてなかった。お前がいてよかったよ。」
「アスラン…」
友の横顔に一抹の寂しさを感じ取り、たまらずキラが聞き返す。
「アスランはさ、1人で大丈夫なの?」
「何がだ?」
「その…カガリと離れて…」
多分この最後の戦いを前に、オーブで別れた時のことを聞いているのだろう。
何も語らず、何も求めず。ただ抱きしめて、そして離れた彼女。
アスランは、少し懐かしむように目を細めた。
キラ、お前にはわからないだろうな。
あの抱擁で、彼女と俺は言葉にしなくても、沢山のことを語り合った。
―――「行ってきます」「行ってらっしゃい」
―――「絶対に戻るから」「必ず戻って来いよ」
―――「今度こそ君を守るから」「私もお前が帰ってくるところを守るから」
―――「だから、待っていてくれるか?」「あぁ、ずっと待っている」
―――「その時は、戦いを終えて、戻ってきたら、今度こそ君を―――」
最後の想いは受け止めてもらえたのか、それはまだ分からない。
でも
これで俺が生きる理由ができた。
守るだけじゃない。生きて彼女の元に戻れるまでが、俺の戦いだ。
アスランは少し笑んでキラに返す。
「大丈夫だ。俺たちの夢は同じだ。道は少し違えたけど、同じ場所を目指しているんだ。そこに辿り着けばきっと。それに―――」
彼女の傍にいなくても大丈夫。
俺の身体が覚えている。
キラ、お前は知っているか?
カガリを抱きしめる時の腕の強さ。どのくらいだと彼女が安心するか。
唇が覚えている、彼女の体温と吐息。
頬が覚えている、彼女の滑らかな肌の感触。
この身が離れても、全部俺の感覚が覚えている。
それだけでもう一人じゃない。
それに…
アスランが胸元から取り出して見せる、赤い石。
「あ、それカガリから以前貰ったっていう…」
「あぁ。ハウメアの護り石だ。俺がこれだけの死線を越えて来られたのは、彼女の思いの籠ったこれが護ってくれたと思っている。これがあれば俺は寂しさも不安もないよ。」
キラが初めて見るように目を見開く。
満足そうな友の顔に、二人にしか分からない強い絆が見て取れる。
(そうか…ちゃんとカガリはいてくれているんだね。君の隣に…)
少し丸めた彼の背を、包み込むようにして抱きしめている彼女が見える。
安心した。でも…なんだか少し、ムッとする。
嫉妬、なのかな。
「ふ~ん。心配して損した。でも僕の方がカガリに「よしよし♥」ってして貰えたから今のところ僕の勝ちだよね。」
「なっ!「よしよし」って!?」
途端に血相を変えた友人。戦いの時だって、こんなに動揺すること暫く見たことなかったのに。
「教えないよ?僕とカガリだけの秘密だもん♪」
「何だと!というか、「勝ち」は無いだろう!俺はカガリとキスまでしているし―――」
「でも僕は何と言っても「双子の片割れ」だもん。やっぱり血の繋がりって強いよね~」
「だが、血縁である以上結婚できないだろ!」
「そんな余裕君にあるの? カガリが「うん」って言ってくれるか分からないじゃん。今のところは僕の勝ち、っていうことで―――」
「キラァアアアア!!」
「…ホントだ。」
「…あんな子供染みた喧嘩までするんだ。」
「…アレが本当のアスランさん、なんですね。」
ラクスに促されて様子を見に来た一同が、呆気にとられつつ、そのご安心したように笑い合った。
***
一方―――
「クシュン!」
「大丈夫ですか?カガリ様。」
「あぁ、ただ鼻がむず痒かっただけだ。」
「ご無理なさっているのではないですか?お身体は―――」
「大丈夫だ。皆が宇宙で頑張ってくれている時に、私が倒れる訳にはいかんだろう。きっと誰かが私の噂でもしているんだろう。」
「カガリ様の噂、ですか?悪い噂でなければよいのですが…」
「どっちでもいいさ。だって―――」
カガリが星の瞬く夜空を窓越しに見上げる。
「良くも悪くも、私を知ってくれている人が生きてくれているってことだからな。それでいいじゃないか。」
流し過ぎた血。今は亡き人達ばかりが増える中で、生きてくれている人たちがいる。
そんな命があるだけで。
そう、今はそれで十分だ。
・・・Fin.
***
突発殴り書き。
本編では45話のラストバトルのために、オーブから宇宙に上がってコペルニクスでミーアに会う前位の時間軸で想定。
別にテーマもなく、ただキララク一緒なのにアスランは一人で、カガリ欠乏症になっていないかキラが心配してないかな、とか思ったことを書いただけです。
後はやっぱりAAやクサナギやエターナルメンバーに、最初はなかなか馴染めなかったと思うんですよ、アスラン。もちろん無印の第3勢力の時は共闘したので、みんな知ってるメンバーですし、打ち解けやすいかもと思ったんですが、何しろZAFTに行って、一度オーブに弓引いた訳ですから(やりたくなくても)、その後悔というか、責任感じているだろうな、あの男は…と思ったので、他愛のないことで人となりを知ったら、皆もっと付き合いやすいんじゃないかなと。
ハウメアがこの時どこにあったかは、公式で出ていないのでわかりませんが、とりあえず肌身離さず持っていた、というのがMy公式(笑)
いいのさ。離れていても繋がり合っている二人がいれば、それで私の人生満足さ( ̄▽ ̄)♥
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