


洛陽会の会費を納入するために、D会長の出勤先に行った。振りこもうかと思ったが、急逝したIさんの事も聞きたくて、職場行きとなった。
久しぶりに岡山城を訪ね、緑濃くなった城内を散策しながら事務局へ。コロナで閉館していたが、やっと開館されたものの、人影はまばらだ。
入場者が戻るのは当分先になるだろうと思われる。
Iさんは、昨年末に体調が急変し、今年の1月に手術をされたが、治療の甲斐なく3月末に逝去されたのだ。コロナ騒動で、お見舞いも出来ず、
ご葬儀も身内だけになったとのこと。定年過ぎて間がない歳だけに、皆びっくりしたことだ。
中国、特に洛陽をこよなく愛し、歴史を深く勉強されていた彼、私にとっては忘れられない恩人だ。
敦煌の莫高窟旅行で、鳴沙山のラクダに骨折させられたとき、敦煌市民病院に救急車で搬送され応急処置をしてもらった。
一人先に帰るわけにもいかず、ホテルで静養と留守番した。帰りは敦煌空港では、車いすで移動ができたが、上海では、事前の予約が必要で
車イスは借りられず、結局,Iさんにおぶってもらっての移動になった。彼は、がっしりした体格で、気さくにおぶってくれたが、
当時の私の体重は最高に重い時だっただけに、大変な思いをさせてしまった。その後も、気を使ってくださって、忘れられない仲間になったのだ。
そんな元気印の彼が、がんで急逝するなんて、思いもしなかった。お別れの言葉もかけられないままに逝かれてしまった。ご冥福をお祈りする。
その彼の遺品を、洛陽会の仲間にとご遺族からの申し出があったとのこと。
私には書の関係する、お軸(作者は分からない)と、顔真卿の拓本をと持って来てくださった。
ありがたく頂いた。彼の思い出とともに大切にしたいと思う。

