日々雑感

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ゼロサム (私見小野小町)1

2009年06月19日 | Weblog

        ゼロサム (私見小野小町)
( 1,)

「可もなく、不可もなく生きた人の人生も、私のように、脚光を浴びて、華々しく、舞い上がった人生も、総合計すれば、みんな同じです。つまり、人生はゼロサムなのです。こちらの世界から眺めると、すごくよく、そのことが分かりますよ」

「なるほどね。人生ってそう言うものですか。あなたほどの美貌と才能の持ち主が、そう思われているとは思いませんでした。僕は自分の人生を振り返ってみると、ゼロサムだという結論達していたのですが、あなたもそうだったのですか」
人生と言うのは案外公平に作られてものだと、僕は意をつよくした。

花の色は うつりにけりな いたづらに 我が身世にふる 
 ながめせしまに。」  百人一首
有名な小野小町の詠んだ歌である。

小野小町。巷間では、世界3大美女のうわさが高い超美人。また
古今集や百人一首にその名をとどめている有名な歌人で、六歌仙の一人。宮中に仕え浮き名を流したとある。
平安前期の女性ながら、その詳細は不明であるという。

 人生の絶頂期を過ぎて下り坂にさしかかった心境を見事に描き出した、この歌人に私の心はとらえられて、凋落の身を嘆いた得もいえぬ詠嘆の情に酔いしれて、私はある日、彼女の出身地であるといわれる、京都は山科区にある随心院を訪ねた。

 京阪電車を三条駅で降りて、地下鉄に乗りかえ、小野駅で降りた。生まれて初めて訪ねる土地だから、方向が皆目分からない。
後で地図で調べてみると、地下鉄は三条駅を出て、しばらくは東向いて走るが、蹴上を過ぎるころから、大きく右折し南下して、その行き先は、醍醐寺の方向を目指し、近くには奈良街道も走っている。

小野駅で、下車して随心院を目指すのだが、方向が分からず、プラットホームに立ち止まって、地図を見ながら、後ろから来た女性に声を掛けた。
この人は、車内で何回も目が合った女性だった。
彼女も一人で今から、随心院に行くので、同行しましょうという。

 絶世の美人の誉れが高い、小野小町に比べて、こういっちゃ彼女に失礼だが、その容姿は、月とすっぽんで、比べ物にならない。
色は黒いし、顔には生活臭が漂い、所帯やつれが出ている。
髪は、パーマが当たってはいるものの、形くずれを起こしかかっているし、お化粧も、肌荒れのためか、しわをうまく隠していない。
どうみても30後半から、40代の中年女性だ。だが、目の光は鋭く、そのオーラは、神秘な雰囲気を漂わせている。それは、どことなく霊媒師のようなものを感じさせた。

 彼女に声をかる以前、地下鉄の中で目があったときにも、目の中に何か神秘なものを含んでいたが、話の内容もまた、常識では解せぬところがあった。

「あなたは車内で、私を何回も見つめていたでしょう。」
いきなり、彼女はびっくりするようなことを言った。
「はあ?。そうでしたっけね。特に意識していたわけではありませんが、」
よく覚えているな、この人は、と思った。確かに何回か彼女と目をあわせたが、それは特別な意味は何もなかった。ただの中年女性で、これといって目立つところなど何もない、そこらそんじょの主婦。どこにでもいる家庭の主婦といった感じで、特別注目する様なことは何もなかった。

「私は、あなたが今から随心院を訪ねることを知っていました。」
「へえ。どうして。そんなことが分かるのですか。あなたとはいま初めて出会い、言葉も交わしたことがないのに。」
「いいえ、私にはわかるのです。あなたが小野小町を訪ねることを。私は知っていました。
だから、プラットホームで、あなたがあたしに声をかけたとき、来たなーという感じがしました。」

彼女がこう話したときに、僕は彼女がどこか別な世界からやって来て偶然、僕と出会い、会話を交わしているのだという気がした。
「そうですか。私にはあなたの言うことが理解できないこともあるが、、、、。まあいいや。ご存知なら案内してください。あなたは今から随心院を訪ねる予定なのですね。」
「そうです。いいですとも。参りましょう。私もあまり詳しくは無いのですが。」

 彼女とつれだって、大きな道を横断して、左に折れ、右に折れして、随心院まで歩いた。ものの10分もからなかったように思う。

彼女との出会いは、降って湧いたような話だった。まさか、小町の化身のような人が、私を誘ってくれるとは、思っても見なかったが、会話によると、あたかも私が、小野小町を訪ねることを知って待ち受けていたかのようである。
( 2)
 随心院は京都山科区にある真言宗善通寺派のお寺で、本尊は、如意輪観音である。門跡寺院だが、これは江戸時代に九条、二条の宮家が入山され、再興されたことに由来する。
ここ院内は、小野小町の居住跡のあったところといわれている。
またこの付近一帯は小野一族の土地であったらしい。
院内には小町に関係のある、化粧の井戸や五輪塔のような
小町塚。文塚。それに、深草少将が百夜通いしたときに、渡されたというカヤの実が植えられたと伝えられる、大きな1本のカヤの木が残っている。

 総門を入ると、右手に梅園があり、そこは、別料金になっている。それを見過ごして、長屋門から庫裏まではさくさく音のする砂利路がある。ほんのわずかな距離だが、さくさくに合わせて、気持ちがシャキシャキして軽くなる。その砂利道を踏み分けて、庫裏に行き、400円の拝観料を二人分払って、靴を脱いで上がり、建物の中に入った。

それから書院、奥書院、本堂へとわたり、本尊に軽く会釈をして、手を合わせた。
今日は小野小町を目的にして来ているので、いつものお寺参りのように、願い事をしたり、お礼参りはしなかった。

書院も本堂もサッと通ったくらいで、記憶にとどめたり、メモをとったりしたものは何もなかった。
薬医門を出て左折し、化粧の井戸の案内立て看板を見て、化粧の井戸を訪ねた。

ここは小町の住居跡と伝えられている。化粧の井戸へ向かって、階段があり、石段を降りていくと、底の見えた浅い井戸がある。そこへ行くまでは無言だった彼女が、井戸へ降りていく途中の石段で、急に口を開いた。
「小町がささやいた声が聞こえた」という。

「何があろうとも、人の生涯というものは、一生を通してみると、プラスマイナスがあり、それを合計すると、みな平等に、ゼロになります。
華やかな青春時代の私の活躍も、過ぎてみれば、一陣の風。
そして、華やかなことが大きければ大きいほど、それ以上の悲哀がその裏側に付きまとう。私の生涯を振り返ってみると、多くの貴公子に取り囲まれて、有頂天の時は、我が身の美しさと才能に、我ながらほれぼれとしていたものです。」
 
彼女の声のトーンは先ほどと変わっている。地声がひっくり返って、若い女の甲高い声がビンビン響いてくる。

「あなた。それ誰に言っているの。もしかして、僕にですか。それともひとりごとを、つぶやいているのですか。」
彼女のにわかの変化に、僕は怪訝な顔をした。

「あなたが、今日ここへ来ることを私は知っていて、待っていた。随心院の小町を訪ねたいとあなたが思った瞬間私にそれが映ったのです。だから、今日ここへ来ることを待ち構えて、心の思いのたけを話そうと思っていたのです。」

つづく