「法は単なる思想ではなく、生きていく力である。
そうであるからこそ、正義の女神は一方の手には正義を計る秤を持ち
他方には権利を主張する剣を握っているのである。
秤のない剣はむきだしの暴力であり、剣のない秤は法の無力である。
両者は相まって、その用をなすのであり完全な法律状態とは
正義の女神の剣をふるう力がその秤を扱う熟練の技を伴うところにのみ
存在する」
「権利の闘争」イェーリング
これは200年も前のドイツの法学者がその講演で言ったことだけど、
ここ最近、続いているイジメ事件の警察などの対応を見ていると、
このイェーリングの言葉を思い出すんだよね。
もちろん学校の対応などに誰でも怒りは覚えると思うけれど、
最後のよりどころ、事件としての行政の入口であり、司法へ繋がる
庶民の為の警察。
大津のイジメ事件関係でやはり関西のどこかで同級生の恐喝で
死に追いやられた高校生を取り上げていたけれど、
警察の対応には心底、腹が立つ
被害者の父親が「殺されぞんですか?」と警察に問うていたけれど、
力のない一般ピーポーである私達は「法」をどのように自分の
見方につけたらいいのかわからないのが実情だよね~。
だからこそ、警察が非協力的ではイスラム法に頼らざるをえなくなる人
だって、出てきてもおかしくはない。
「眼には眼を。歯に歯を」
この大津の事件に関しては、余りにも考えさせられるところが大きく、
これだけで、このブログが一週間以上、字だけのブログになっちゃうので
あえて話題に選ばなかったけれど。
余りにも救いようのないこのような事件。きっと私の知らない
沢山の事例がこの日本にはあるのだと思うと心が痛いよな~
昨日、猛暑日だとは知らず、家→錦糸町→両国→浅草→家と
全て歩き、疲れて昼寝したら両足がつっちゃったよ
大量の汗と共に塩分不足になったんだね~。
今日は一転、過ごしやすいです
この夏にもりもりモヤシが食べられるステキな調味料を発見
「一風堂 ホットもやしソース」
あの一風堂でテーブルに置いてあるタダでいくらでも食べられるあの
辛くて美味しいモヤシ
あれがおウチで食べられるなんて
モヤシを3袋買ってきて、大鍋にお湯を沸かしモヤシを入れて
直ぐに取り出し、シャキシャキっと水でさせて、これを混ぜる。
3袋が直ぐになくなっちゃいます