田園都市の風景から

筑後地方を中心とした情報や、昭和時代の生活の記憶、その時々に思うことなどを綴っていきます。

大川市の藩境まつりへ

2019年04月28日 | 日々の出来事

 先週末、水天宮に行ったついでに大川市まで足をのばしました。大川市は筑後川の河口近くにある街です。水天宮から筑後川の堤防道路を南下します。

 この日大川では「藩境まつり」が行われていました。写真は久留米藩の札の辻です。江戸時代、ここに高札場がありました。建物は中村家住宅で明治初期の建築です。

 写真中央、自転車が出てきた小路が榎津町で久留米藩。左手の自動車が来たところが小保町で、柳川藩の街道筋でした。両藩の小路がここで交差していました。

 榎津の一筋南の小保町を歩きます。並んでいる石柱は藩境石です。昔はこの石に横木を通し、馬をつないでいたそうです。小保町は街道の宿駅で、昔の町並みが残っています。

 この日は祭りとあって賑わっていました。榎津と小保は藩が異なっていましたが、明治の市町村制施行時に、ほかの村と合わせて大川町になりました。もともとは同じ三潴郡だったので自然な流れでしょう。

  小保町には昔の面影が残っています。

 旧吉原家住宅です。吉原家は柳川藩小保町の別当職を代々努め、巡検使の宿泊や藩の公用に使われました。伊能忠敬も九州測量の際に二度ほど泊まっています。

  吉原家住宅は国の重要文化財で、一般に公開されています。

 

 

 

 小保町から一筋北にある榎津へ来ました。この辺りは筑後川河口近くの港町で、上流の日田から筏で流されてくる木材の集積地でした。明治初期には榎津で船大工や大工などが百数十名働いており、今日の木工のまち大川の基礎をつくりました。榎津はむかしの大川の街の中心部です。

 

 榎津にある古くからのお酢屋さんでは酢蔵開きが行われていました。この建物は宝暦年間の建築です。

 

  黒酢を仕込んでいる大きな桶です。酢づくりの説明が行われていました。

 

  街なかのミニコンサート。

 

  昨日は黒木町の大藤を見に行きました。いまの時期、花の名所めぐりの観光バスが走っています。今日は久留米市中心部でも歩行者天国のイベントがあるようです。賑やかな季節になりました。

 

 

 

 

 

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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
前川清 旅すき (お母ちゃんの徒然)
2019-04-28 10:12:29

九州よりさん こんにちは
このコースを前川清さんの旅番組 旅好きが
撮影でした
身近なところにこのような名所旧跡があるものだと
興味津々でした 庄分酢さんお酢の老舗ですね

とても楽しく拝見いたしました
有難うございました
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こんにちは (九州より)
2019-04-28 18:15:06
大川の藩境まつりは2年前にも行きました。
その時も酢蔵開きを見学しました。
庄分酢ですね。
三百年の歴史があるそうです。
前川清の旅番組はときどき見ています。
自然体でいいキャラクターですね。
コメント有難うございます。
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観光 (tango)
2019-04-29 15:03:21
昨年か一昨年、立ち寄りました
とても好きな場所でした
思い出してうれしくなります
感謝です(^_-)-☆
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tango様 (九州より)
2019-04-30 08:28:20
おはようございます。
この辺りは柳川の街道や久留米藩の港町があったところで、
昔は賑わっていたようです。
吉原家住宅の道筋には昔の佇まいの家が残っています。
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