沖ノ端に行った翌日、総本宮である久留米の水天宮の大祭に出かけました。青空は前日までで、この日は雨を心配しながらの参拝でした。写真はスマホでの撮影です。
柳川は観光地ですが、ここに来るのは参拝客だけです。子どものころの水天宮祭りはお化け屋敷が小屋掛けするなど、露店がたくさん出ていて賑わっていました。当時の子ども達が楽しみに出かける先はデパートの屋上、小さな遊園地、そしてこうした神社の祭りでした。
階段を上がると拝殿。参拝客は昨年よりも少なめです。ちょうど御神幸の祭列が町内を練り歩いている時間でした。
溝が刻まれた分厚いガラスの上を水が流れてきます。ガラスの下には花が飾られていました。コロナ禍以後は柄杓ではなく、流下式の手水舎が増えました。
境内から眺めた筑後川。夏の大祭ではここで筑後川花火大会が行われます。いまは警察の規制が厳しくなり、ここと2キロ先の上流に発揚場所が分散しました。打ち上げの規模は大きくなり、河川敷にたくさんの露店が出るようになりました。でもそれ以来、私は行っていません。私にとっての花火大会は、参道の両側にびっしりと夜店が並ぶ昔からの水天宮奉納花火大会なのです。
水天宮には名物の禰宜がいて、花火大会の準備万端を取り仕切っていました。露天商たちの出店場所を決める地割りもこなしていたようです。一度、市の行事関係で花火大会の特別席の席取りをしていたら、頭上の境内から「なんばしよっとか」と怒られたことがあります。毎年の正月行事では巫女の衣装を借りに行き、ついでに飾りの紙垂も作って貰ったものです。いかつい顔ですがいい人でした。
参道右手の空き地辺りが映画「寅次郎紙風船」で寅さんが啖呵売をしていたところ。水天宮の例大祭は春と夏ですが、映画では秋祭りという設定でした。
いつものカメラが故障したので、この日はコンパクトカメラを持参し、いざ撮影しようとしたら電池切れの表示が出ます。数日前に充電したばかりなのにと不審に思いました。家に戻って充電したら異常はありません。でも自重しなさいという天の啓示だろうと思って、連休中は大人しくしていました。
孫たちの七五三詣りをしました。幼かった頃の孫たちの姿を思い出します。
それと「男はつらいよ」のシーンも思い出します(^^♪
二番目の孫息子の時はここで安産祈願をしました。
子どものころから春の大祭、夏大祭の奉納花火はお出かけの恒例行事になっていました。特に花火大会の雑踏と賑わいには興奮したものです。
旅のお供の参考にさせていただきます。
全国のダムに行ってあるのですね。驚きました。
若いころに一時期、水関係の仕事をしたことがあります。
ダムにはそれぞれ目的がありますから、その建設経緯には興味を引かれます。