稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

昨夜の稽古(長正館)

2017年01月26日 | 剣道・剣術
風邪の症状も治まってきて昨夜は10日ぶりの剣道稽古だった。
子供たちの稽古が20時で終わり、20時15分から大人の稽古が始まる。
風邪の者が多いのか居残った子供を入れても10名ほどだった。
咳がまだ出るので慣らし運転のような稽古に徹しようと決めていた。

昨夜の竹刀は3本。2本はお気に入りの佐藤武道店の「極」。
小判形でバランスが良くお勧めの竹刀である。
もう1本は河戸武道具店で買った「剣輿」。小判形では無いタイプ。
重いのであまり使っていないのだが使わないといつまでも壊れないので使うことにする。

昔は安い竹刀ばかり買っていた。これは貧乏なせいもある。
しかし、実は、力まかせの剣風で、稽古のたびに2本は必ず折っていたからだ。
いまは手の内が良くなったのか、あまり折れなくなった。
折れるのは返し胴の時で、返し胴の手の内は今後の課題である。

さて稽古だが、いきなり小手を打ってくる者が多過ぎる。
相手から何の攻めも感じないまま、ジワジワと交刃の間から打ち間になってくる。
「どうするのかな?」と、試す気で動かずにいると、いきなりの小手に来る。

こちらは小手を空けているわけでもないので、鍔を叩いてくる者や、
左にかついでやや横から小手を打ってくる者ばかりである。
自動的に小手から面に飛んでくる者も多い。

昨夜の稽古では、三段挑戦中の者3名、五段挑戦中の者1名、
六段挑戦中の者1名、5名全員がそうだった。

五段挑戦中の1名は待ち剣で、こちらが動いた瞬間に小手を狙うタイプ。
まぐれで当たることはあっても、相手を動かして打つ技ではないので、
少しでもこちらが打つ気を見せると構えが崩れてグダグダになってしまう。

全員に言えるが無駄な動きが多い。
小刻みに全身のあちこちを動かしながら間合いに入って来る。
竹刀も左右上下に動かしているが「中心を取る」という動きでも無い。
何の攻めも無いまま打ち間に入って、どうしようもなくなって打ちに出てしまう。
面には届きそうも無いので小手を打ってくるのだと推測している。

昨夜で一番まともなのは小学校6年生の女子。
いきなりの小手や面などけっして打ってこない。

ぐんぐん足で攻めてきて、小手を打つ気配を見せるので、
抜いて面を打とうとしたら、その瞬間に小手を打ってくる。
何もせずにいると足で攻めてきて、打ち間で一瞬止まって面に飛んでくる。
中心を攻めてきて、相面の気配を感じ、こちらから面に飛ぶと出小手を切られる。
ぶつかると、すかさず引き面や引き小手を打って離れる。
常に攻めが感じられ、縁の切らない良い稽古だ。

この子は2年ちょっと前から教えた子だ。
私は子供の稽古時間に行かないので、子供を教えることは無いのだが、
この子、子供の時間最後にある試合稽古で、無様な負け方で悔し涙を流していた。
大人の稽古時間にも居残っていたので基本から教える気になった。
師匠から教えていただいた基本を誰かに伝えたいという気もあったからだ。
(四條畷の師匠には前もって指導許可をもらっておいた)
教えたのは簡単そうでなかなか出来ない「すりかぶり」から。

どうしようか・・と思うほど、あちこち修正部分があったのだが、
真面目な子なので教えれば教えるほど吸収して実践してくれる。
「素直な人ほど上手になる」は四條畷の師匠の言葉だが実にその通り。
この子、長正館の中でただ一人剣風が違う。
もちろん素質もあるが「自分が教えたから」と密かに自負している次第だ。
コメント
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