難波の都から、遠路、はるばると吉備の山方に尋ねてくださった仁徳天皇を、今流行りの「おもてなし」をする“献大御飯<オホミケタテマツル>”ために、黒日売はその“大御羹<オホミアツモノ>”(副食)にと、山の畑に生えている吉備特産の“菘菜”を摘みに出かけます。それを聞いた天皇も、早速、
「黒日売の行ったところへ私も行ってみる」
と、案内を乞うて出かけます。そこは、かって難波で聞いた噂の吉備の山縣(山にある畑)です。高からず低からずの小高い山際が、霞の向こうまで何処までも続いております。春のまだ始じまったばかりです。、梅もその芳香を辺り一面に漂わせ始め、辺り一面の木々は萌葱色を輝やかせております。一枚の絵を見ているように、しばらく、天皇はその美しい風景を背景にして、何もかも忘れてしまうかの如く、そこに佇んでおられます。そんな吉備路の春のおぼろの中に、一心に「菘菜」(若菜)を摘む大変美しい乙女(嬢子<オトメ>)の姿を見つけます。この女性こそ、あの恋焦がれていた黒日売の、夢ではない、本当の生の美しい姿だったのです。
それを目にした天皇は、何もかも忘れたように自然と御歌が口を突いて出て来ます。