「神倭伊波禮毘古」は、何故、日向の国から、兄の「五瀬命」と東を目指したのでしょうか。そこら辺りの事情については古事記では何も説明がありません。しかし、日本書紀にはそこら辺りについて詳しく書かれてあります。
そこで、古事記を離れて、少々、日本書紀の記述を書いてみます。
「神日本磐余彦天皇<カン ヤマト イワレビコノスメラミコト>」(彦火火出見)が十五歳で皇太子になられ、四十五歳の時にその兄弟たちに語らいます。
『ここ豊葦原瑞穂国は瓊瓊杵尊<ニニギノミコト>が高天原から降臨された太古から、時は既に百七十九万二千四百七十余年になる。それ以来、祖先の神々による善政が行われ、此の地は立派に納められたのですが、まだ遠い国々では、人々がお互いに覇権を争っていて乱れている。塩土の翁に聞くと
「東によい土地があり、青い山が周りを取り囲んでおり、そこに天の磐舟に乗って飛び降りた物がいます。その土地に行ってそこを治めなさい。きっと、ここが診穂国の中心の土地になるから、そこに行って都を作りなさい。」
といわれました。どうだろうな。みんな。』
それを聞いた諸皇子達もみんな賛成したので、東の国を目指したのです。
そこで、古事記を離れて、少々、日本書紀の記述を書いてみます。
「神日本磐余彦天皇<カン ヤマト イワレビコノスメラミコト>」(彦火火出見)が十五歳で皇太子になられ、四十五歳の時にその兄弟たちに語らいます。
『ここ豊葦原瑞穂国は瓊瓊杵尊<ニニギノミコト>が高天原から降臨された太古から、時は既に百七十九万二千四百七十余年になる。それ以来、祖先の神々による善政が行われ、此の地は立派に納められたのですが、まだ遠い国々では、人々がお互いに覇権を争っていて乱れている。塩土の翁に聞くと
「東によい土地があり、青い山が周りを取り囲んでおり、そこに天の磐舟に乗って飛び降りた物がいます。その土地に行ってそこを治めなさい。きっと、ここが診穂国の中心の土地になるから、そこに行って都を作りなさい。」
といわれました。どうだろうな。みんな。』
それを聞いた諸皇子達もみんな賛成したので、東の国を目指したのです。