私の町吉備津

岡山市吉備津に住んでいます。何にやかにやと・・・

今日も私の美術館へ

2017-05-16 10:12:38 | 日記

 昨日、犬養木堂の書を見ていただいたのですが、今日も又、私の美術館へご案内します。

 その木堂は10歳の時より、隣村にあった「三餘塾」に通っていました。「犬飼松窓」という人が開いていた私塾です。当時、松窓のこの三餘塾には近郷近在だけでなく全国から大勢の若者が集まってきておりました。
 なお、この塾名「三餘」というのは『三つの余った時』という意味なのだそうです。即ち、冬は歳の餘、夜は日の餘、陰雨は時の餘です。

その「犬飼松窓」の書を持っておりますので見て下さい。この先生詩も沢山書き残しております。

 

                               


今日は5・15事件記念日です

2017-05-14 20:20:14 | 日記

  まず、この写真から

                       

 吉備津神社にある朝倉文雄が作った犬養木堂の銅像です。今日はその木堂が暗殺された記念日なのです。1932年5月15日です。その日から85年が過ぎています。

 この事変の前年には満州事変が起き、その収集に日本が苦慮していた時です。その時、総理大臣として請われて犬養木堂が就任し、犬養内閣が成立します。その時、木堂は、以前から中国の孫文等と深く親交があり、此の満州事変に対して早急なる中国との「和解」を目指していたのです。しかし、その政策に不満をもつ海軍将校等の手によって暗殺が計画され、5月15日に実行されたのです。

 その暗殺の経緯について詳しくは書きませんが、その時の有名に名言が

              ”話せばわかる”

 です。この木堂の心がよく現れていると思える書を持っております。今日も私の美術館へどうぞ!!!

 

                                


思金神の登場です

2017-05-14 07:37:46 | 日記

 暗黒の世界です。悪神が暗いと言う事を利用して悪がはびこります。神々は大いに困憊します。これを解決するためにはどうしたらくぃいかということぐらい誰でもわかることです。アマテラスが天石屋から出でくれば、それで総てが解決するのですが、その方法が分からないのです。アマテラスは石屋の中からどうやれば「お出まし」願えるでしょうか???それを相談する集会が開かれたのです。

                      “天安之河原<アメノヤスノカワラ>”

 に、高天原に住める総ての神「八百萬神」が

                      “神集集而<カム ツドイニ ツドイテ>

 集まってきたのです。誰の命令でもなく自然発生的にお集まりになったのだと、宣長は書いております。

 まあ、それはともかくとして、「どうしたら」ということを八百萬の神様がワイワイガヤガヤと云い合ったのだと思います。いい発案など出ようもありません。いくら経っても意見の集約などできそうにも有りません。そこで、出てきたのが

                      “思金神<オモイカネ>”

 です。高御産巣神の子で、当時、天界で最高の知恵者でした。ということは、神様でも頭の良し悪しはあったのでしょうかね???みんな同等の智恵者ではなかったのでしょうかね????

 さて、ここで一つ疑問があるのですが、世の中真っ暗な闇の世界です。それこそ、鼻をつままれても、誰につままれたのか分からないくらいの暗さです。この河原に誰がいるのかさへ分かるはずがいませんが。どうでしょうかね。??????????????????
 この時代でもそれが分かる一つの方法があったのです。それは神様達が光を持っていたのです。そうです火を灯していたのです。その方法が10日に書いた「鯉山小学校の六年生の皆さん」に体験してもらったあの道具なのです。きっと神様たちも、之を使って光を持っていたのだと思いますが、それともイザナミの死の原因が「火の神」を生んだことにあると言われてますので、神の持つ火はそのような道具でなくても存在していたのかもしれませんが、それは兎も角として、この天安之河原の集会には赤々と灯された灯(とのしび)のもとに話し合いが行われていたのではないでしょうかね。

                              

 


アマテラスがお隠れになった時、地球の総てが暗闇になったのか???

2017-05-13 08:38:10 | 日記

 アマテラスが天岩戸爾中に隠れてしまいますと、

                    高天原は“皆暗<ミナ クラク>”」

                    葦原中国は“悉闇コトゴトク クラシ>”

  となり、昼のない、常に夜のみの時が経過していくのです。それを

                    “此而常夜往<コレニヨリテ トコヨ ユク>”

 と書いております。
 此の事に付いて宣長は「古事記伝」の中に面白い事を書いております。

 『この昼がないのは日本だけで、外国はどうだろうという疑いを持つ人がいるが、これは「はるかに上代のことなれば、有無知るべきに非ず」』

 と。そんなことを一々取り上げて、どうだこうだと言うのはどうかと思うといっております。

 さて、世の中、突然に、まっ黒けの闇です。そうなりますと、今まで影を潜めていた悪神が一斉に動きだし、“萬妖<ヨロズノ ワザワイ>”が発生し出したのです。さあ大変です。どうしたらいいのでしょうか????


また、高天原の騒動に付いて・・・・書紀より古事記が???

2017-05-12 06:47:22 | 日記

 スサノヲの乱暴にたいして、アマテラスは騒動を、これ以上、天界に広げない方策はとお考えになられたのでしょう。スサノウが来るとお聞きになった時には。ご自分の御髪を解きて、闘争用である男性用の髪型

                      “御美豆羅<ミズラ>”

 にしたぐらいです。戦えばそれだけの力は持っていたのですが、「戦いになれば」とお考えになられたのでしょう。この場を最善の方法で解決するにはと、女性的な平和的な解決方法で対処されたのではないかと私は思っております。その

                      “見畏<ミ カシコミテ>”

  を、宣長は「スサノウノの荒き仕業に畏懼(おそれ)て」と説明しておりますが、どうでしょうかね???そのために

                      ”閇天石屋戸而<アメノイワヤドヲ タテテ>  刺許母理坐也<サシコモリ マシマス>”

 天石屋の中にお入りになり、その戸を堅く閉(と)ざして、中にお隠れになってしまわれたのです。

 なお、書紀には、この「見畏」を

                     ”発愠<イカリマシテ>”

 と書いてあります。「怒って」天之石屋に入られた様に書かれていますが、古事記には「畏」とあり、辞書には「つつしむ。自分をいましめる。用心する」という意味もあると書かれていますので、古事記の記述の方がいいように私には思えますが。