仕事から帰って夜の街を眺めながら歩くのが好きだ、という人の文章を読んだ。どんな夜のまちなのかは想像するよりないが、それなりのまち明かりがあるということなのでは無いか。
先日ちょっとした飲み会に誘われてしかるべき店に行かなければならなかったのだが、妻の都合などもあって、ちょっとばかり早く着きすぎてしまった。相手もあることだし、そんなに気合を入れて早すぎる入店をする必要も無かろうと考えて、あえて店よりだいぶ手前(歩いて15分弱くらいか)で降ろしてもらって、少し散歩することにしたのだった。
ところで地元事業所のある地域の、少し外れたところにその店はあって、国道わきを歩いても良かったのだが、歩道が全部あるのは向かい側であり、そうするとそれなりに車の量のある国道を、二度にわたり横断する必要が出てくるということだ。しかるべき限られた場所にある信号を、二度も渡るのが面倒である(田舎の人間というのは、信号を待つのが死ぬほど嫌いなのだ)。そういう訳で、ここはあえて山手の道を迂回してやろうと思って、坂道を上がったのだった。
少し歩いてすぐに気づいたのだが、この山手の道が真っ暗なのである。恐ろしいほどの深い闇が、あたりを包み込んでいる。その日は曇り空で、月明かりもほとんどない。さらにその坂を登る道が、山影にもなっているのである。そうなると、アスファルトの道だとその黒さが闇に沈んで、ガードレールの白さが横に無ければ、ほとんど暗黒の道なき道になってしまった。
真っ暗闇を歩いているというのは、いわゆる足元がおぼつかない、というのもあるが、ちょっとした浮遊感のようなものがある。歩いている自分がいるが、その場所を進みながら、歩いて進んでいるというより、なんとなくちょっと浮き上がったような、不安定な感覚がある。別段浮き上がって空に昇っているわけでは無いが、真っ暗な道を山陰の中、さらにその山に向かって登っている。その先には曇り空ながら、どんよりとした明るさの空がある。ちょっと明かりが見えるのは、その先にある高速道路の明かりだろう。
とぼとぼというかてくてくというか、そういうリズムを刻んで、やっと尾根のような道に交差し、その道を平行に歩いて行って、さらに左に今度は下った先にちょっとした集落があって、そうしてその最後の二件前に目的の店があった。
ほとんど真っ暗な中散歩して着いた場所で、僕らはワインを飲んで食事をした。そこはどういう訳かフレンチの店で、それなりに本格的な料理を堪能できる。そうして三人で三本ばかりワインが開いたころで、汽車の時間の都合でお開きになり、帰り道は店主が駅まで送ってくれた。こんな田舎だと、タクシーだって来てくれないのだった。