秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

奥祖谷夏点描

2008年07月29日 | Weblog
奥祖谷に生まれてこの集落に嫁いで子供たちを立派に育て80年近くを生きてきた
T老婦は集落でも一番の働き者で、暑い日でもじっとしておれない性分である。

ある日の午前10時過ぎのこと、何時ものように老婦は納屋の隣にある畑で芋の
苗を黙々と植え付けていたが、後ろの方ではあ!はあ!と激しい鼻息のような
音に振り向いてたまげてしもうた、突如のことで気が動転してしもうた
「猪じゃあ!今日は命とられた!」と思った。

二間近くの畑に茶色の動物がよだれを垂らして鼻息荒く前足を上げて威嚇しているではないか、老婦は咄嗟に動物と真正面に相対して少し後ずさりしてふっと30mぐらい下にある林道を見ると、下の家の奥さんが居たので叫んだ
「まあーちゃん!犬を放して!」奥さんも気がついて直ぐに自分の犬を放してくれた
犬は吼えながら真っ直ぐに飛んできて動物に飛び掛ろうとするが相手が大きく、
前足を激しく打ち下ろすので犬の方が怖気づいている。

そのころになって老婦は猪ではなくて鹿だと気づいて落ち着きがでたのか
その場を犬に任せて後ずさりしながら離れて別の小屋に駆け込んだ。

その間も犬は鹿を小屋の横と上の崖の方に追い詰めて吼え続けていたので、老婦は
小屋の中から畑の周りを囲うナイロンの網を持ち出して、下の奥さん、まあーちゃんと一緒に崖の上に回りこんで崖の下に居る鹿に向かって投げると上手い具合に
鹿に掛かった。鹿は短い角に網が引っかかってもがいていたが、少し落ち込んでいる小屋と崖の隙間に網ごと落ち込んだ。

ああー!!やれやれ!!
下の奥さんは家に帰り知り合いの鉄砲打ちの人に電話すると、いま鹿は美味ないで殺しても埋めるのに難儀するで今日は鉄砲は休みじゃーと言われた。
しばらくはあれで大丈夫じゃろ、お昼じゃけん、ご飯食べてからじゃなあ

犬は網でもがいている鹿に吼え続けて、逃がしてなるものかと動こうとしない
鉄砲打ちさんにも見放されて、支所の人に来てもらうようにしたと下の奥さんが伝えてきた。
ご飯食べて覗いてみると鹿は網を外してまだ犬とけんかしていたが、そのうち支所の人が4人ほど来てくれたが、こりゃあ!鹿じゃのうて、カモシカじゃあ!
保護獣じゃけん殺しちゃいけん、生け捕りしようとロープと棒で捕獲しようとするとカモシカは雪隠詰めから抜け出して下の畑を駈けずり回った挙句に山に帰って
しもうた。
二時間余りのT老婦、まあーちゃん、犬、カモシカの触れ合いのお話

「あの折は怖かった、咄嗟に猪と思うたで」「今日は命とられた」と話している。