秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

奥祖谷春点描

2010年03月01日 | Weblog
三月になった、降り続いた暖かい雨は木の芽起こしなるだろう
かなんとなく春めいて土地の人たちも畑仕事も捗りだした
先月のとある天気の良い日にわたしは何時ものようにぶらっと
散歩にでかけたがしばらく歩いて横道に逸れてみようと右のほうに
曲がったが山道はだんだん細くなって落ち葉が出始めたが気の向く
ままにと深く考えたわけではなかった。

青空にすっかり春らしくなった山がさも背伸びをしているかのように
深呼吸をしていたが、山頂から裾野にかけて木々が芽吹きの準備を
しているのであろう、淡い色彩を散りばめて印象的な風景であった。

わたしは山道の落ち葉を嘖々と踏みしめながら、構わず奥へ奥へと
いつの間にか来ていた。
なんとも暖かい陽射しはここち良いものだと暢気にかまえて歩いて
いると、突然に道が途切れてしまった。

周囲を見ると眼下に黒々とした民家らしきものが見えたが道の端に
佇んでよく観てみると、それはまるで遠い昔からそのままであるように
深い枯れた萱と低木に沈んでいる黒い屋根の廃家であった。

わたしはぼう然と廃家を眺めながら、周辺に降り道はないものかと
探してはみたが、あまりにもカヤが深く覆いかぶさっていて既に
降り口は無かった。

わたしがウロウロしていると、不意に何か聞こえたように思い
周囲を見回したが、人の気配など皆無なところだけに空耳であったかと
思い直していると
「そこのあなた、そうあなたですよ、さっきからあなたが見ていた
廃家のわたしです、あなたが熱心にわたしを観ているし、滅多に
こんな所に来られるお方も居ませんので、つい、お声をかけて
しまいました、驚かせて申し訳ありません。」

わたしは少し驚いたが黙って廃家の声に耳を傾けた
「悲しみと憐れみの情でわたしを見ておられたでしょうが、いまの
わたしはあなたが思っておられるほど不幸ではありませんよ。
そりゃあ、寂しくないと云えば嘘になるかも知れませんが、以前に
この家の家族が居たころ、そう、年寄り夫婦、長男夫婦に三人の子供たちと
みなさん良い人ばかりで、わたしを大事に使ってくれました。

畑仕事に、山菜取りなど賑やかな毎日でほんとに幸せな日々でございました
が、ほどなく、お年寄りが相次いで亡くなりましてからは若い人たちは
子供の教育のことなどもあって、町に下りて行きました。
いたし方のないことでしょう、それでも時折は帰ってきていましたが
お墓を町に下ろしてからは、二度とお帰りにはなりませなんだ。

最初のころはわたしは見棄てられたのだと悲しくなりましたが
それも一時のことで、時間が経つに従い、一緒に暮らせたころの
幸せな時期が懐かしく思い出されて癒されました。

いまは静かに穏やかな日々を送り、自然に還る日を待ち望んでいます
そのときにはこの世に生まれて人の役にたち、幸せであったと想い
安らかに眠りたいものです。」


わたしは廃家の想いをずっしりと受け止めながら頷いていた
昼下がりであった陽射しは静かに傾きかけて、ひんやりと
し始めた風を頬にうけて、そこを立ち去り家路へと急いだ。














コメント
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