秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

奥祖谷夏点描 暮らしの初夏 梅雨に歩く落合集落

2011年06月19日 | Weblog
骨組みを晒して寒し梅雨寒し

梅雨深しもっこの出番のなかりけり

梅雨空にむかし話を聴きしわれ







東祖谷のほぼ中央に位置する落合集落は山腹を斜面に沿って東西750m、南北850m
面積32,3haに及び、高低差は390もある集落を形成している。

その集落最上には4軒ほどにお家があるがそのうちの中尾家は空き家になっていたが
このほど、古民家再生の事業として、茅葺の古民家に改修し直して、宿泊施設として
活用することになったようである。


解体工事が終わり骨組みだけを残した古民家は哀れな姿を晒していた
周りの石垣は綺麗に整備されていた。
本工事が始まれば徐々に綺麗な姿を現してくるであろうと楽しみである

ちょうど直ぐ下の近所のオヤジさんが来ていて、むかしのことを話してくれた
それによると、昭和の初めころまで、電話が無い頃にこの最上部の家から
各集落の最上部の家に信号、伝達をしていた。
長竹に傘、旗、筵などを括り付けて屋根の上から、大枝ー新居屋ー久保蔭
九鬼ー久保などに災害時などに連絡して集落の家庭に知らしていた。

長竹に吊るすものには、いろいろな意味があるそうだが、むしろ旗は人の死亡のときに
挙げたそうだ、あとのものは今では判らないと話していた。

不便、不自由なら人はいろいろとその土地に合わせて工夫を凝らして生活する
ものである、今の世の街中の生活は不便、不自由がすべて排除されて、逆に
窮屈になり、考えることをせず、認知症に陥ったために、大地震、大津波を
おまけに原発震災が起こることまで、ころっと忘れてしまった生活をしてきた
わけで、あまりにもお粗末さまでした。





























































































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