「川越閑話 川越叢書第1巻」 岸伝平 国書刊行会 1982年
雁燈夜話
天狗の神隠しか
川越連雀町の西に昔は火除地の杉並木があった。遊行派の鉦打の念仏行者誓願が年久しく住まっており町名を鉦打町と呼んだ。今も旧跡に木阿弥稲荷社が祀られてあり、毎年七月一日にはまんぐりと呼んで念仏講中が大念珠を操って百万遍を廻している行事が催され、また氏子がお太刀さまとて木太刀を河原に持って行き洗い浄めてくる。赤青の紙の幣束を門口に差して疫病除けとしている。
杉並木の辺りに武家屋敷があって、松平大和守の家臣に皆川市太郎(※)という武士が此所に住まっていた。ある日の夕べ突如と皆川の姿が消され、雲隠れかその消息を絶ってしまい、家人が心配して諸方をも捜し求めたが、皆目と知れなかった。遠く江戸藩邸まで使を遣わし親戚や知己を尋ねたが、ここにも寄り付いていなかった。日を経てやむなく藩にも届出たが、日頃に温厚の人物とて人に恨まれる人でもなく、全く天狗の神隠しだろうと評判され、家人はおこたりなく諸所を見廻ったが、不明であり、不思議とされた。
迷信であるが占易に見てもらうと、三ヶ年立つと判然し、生命はあるとの望が予言された。ここに公用で秘密裡に使者に立ったものかとも疑惑の噂が生じた。かくて年月を経てから、彼が三年目に突然と無事に古巣の我家に帰えって来た。ここにびっくりした家人は喜び夢のごとく呆然としてしまった。
元気を戻してから彼に聞くと、その夜に山伏姿(天狗か)の怪人物が現れて無言呪にされた。抗する力もなく風にさらわれしごとく、怪人に従って諸所を転々として歩き廻った。彼は何月何日に一目に友人の姿を何処で見たとはっきり答えたが、三年間は堅く無言に口止め禁ぜられているので、声が出せなかったと物語った。
友人や家人が後に各地の遠国の社寺の様子を尋ねると、見聞のまゝ子細に物語ったという。土地では天狗の神隠しかと称されたが、珍しいことで、武士だけに何のために隠されしか、皆川の雲隠れは判然せず、当時に町の話題となり、今に逸話が残されている。
※皆川市太郎という名は、分限帳(子給帳:嘉永5年)には見当たらないが、先の記事の皆川市郎平の名はある。
神隠しの期間も3年と45日の違いがあるが、先の記事が元になってこのような話が伝わったのかも知れない。
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