音が消えると客のざわめきが聞こえた。
一分が過ぎた。
音は出なかった。
五分が過ぎた。
なにも音をださない演奏者を目の前にして、客は違和感を感じた。
ただ、身動き一つしないで集中するビーエスエイト。
客のざわめきが消えた。客は集中に引き寄せられていった。
平井さんもこの状況に戸惑った。
「どうした。」
恵美子さんの耳もとに平井さんのお声がインカムから響いた。
「もう少し待ってください。」
恵美子さんもこの集中が引き込まれていた。普通のバンドとは違う、と感じた。
皆は待った。
必然が音となり、魂が揺れるのを。
十分が過ぎた。
ヒカルの指が弦の上を走った。その気配を皆が感じた。いままで演奏がヒカルから始まることはなかった。その日、ヒカルは集中の中で音を見た。自然と指が動いた。皆はヒカルの一音が飛び出すのと同時に音を出した。ルートが中心のいつものヒカルとは違っていた。テンポもキーもない音の羅列。暗闇に閉ざされたジャングルの夜明けのざわめきが音になった。
皆が反応した。
「オー、ガガ、ウイー、ガガガ。」
「いい。いい。いい。」
ユニゾンをとらないハルとミサキ。雄叫びがこだまするような演奏。ウネリがおきた。波がおきた。
の塊は時に、マサルを、時にマサミを、そして、マーを中心にして、集まり、はなれ、再び、一つになり、会場を揺さぶった。平井さんが笑った。
「はは、面白い。」
平井さんは各楽器が一律に存在感を表せるように、ヴォイスが、演奏に負けないようにフェイダーを調節すると、手を離した。吉川さんも、笑った。
「ははーん。」
そして、集中した。音の中心の変化を聞き逃さないように、そして、その中心をはずさぬようにライティングを試みた。
ヒデオとアキコの身体が震えた。スーと立ち上がると向き合った。二人の手は同時にバスローブの帯をほどき、同時に肩に手をかけ、ゆっくりとバスローブをはずした。
「うおー。」
客席から驚きの声が上がった。ボディーストッキングだけの二人の姿はステージから漏れるライトの下では全裸のように見えた。音のウネリとシンクロし、二人の身体は動き出した。直接当らないライトは客のいない立ち見席に長いシルエットを描いた。
怒涛のウネリが全ての音を包み込み、一つの頂点に達した。アキコの身体が宙に舞った。ヒデオが優しく包み込むようにキャッチした。
音がフッと消えた。
ヒカルがコンダクトした。ヒカルのフレーズは単音でキープし、リフレインに移行した。マサルはまだ、ジャングルにいた。マサミはマサルを諭すようにヒカルのフレーズを増幅させるような一拍が長い和音を添えてきた。マーはヒカルのフレーズに呼応しながら、フィルインでマサルを刺激した。ハルとミサキは赤ん坊のような声を出した。
「アアー、アアーアアー、アアー。」
その声は生まれたばかり赤ん坊の声から、徐々に意思を持った声に変化した。
「アーイー。アーイー・・・・・。」
マサルのフレーズがその声に反応した。マサルのエロチックなフレーズが始まった。そのフレーズにノリながら、ハルとミサキは皆のバスローブをはいで回った。
「うおー。」
再び、客席が唸った。マーがキープに入った。
「抱いて。」
「ねえ。抱いて。」
「抱いて。」
「ねえ。抱いて。」
ハルは自分が出せる一番低い声で、ミサキは一番高い声でユニゾンが始まった。アキコの身体は、人形のようにヒデオに操られた。離れ、くっ付き、抱きしめ、持ち上げ、柔らかく、艶かしく、立見席を動き回った。
いつの間にか客が増えていた。テーブル席には三十人くらいの人がいた。立見席の周りにさらに十人くらいが立っていた。
「始める。始める。何を始める。」
今度の二人の声は音程的にもユニゾンを作り、微妙な響きとなって回り始めた。次の波が始まった。
今度はマーがコンダクトした。ヒカルのキープを破壊するようにマサミとマーが吠えた。マサルは彼らを調教するかのように、突っ込み、戻り、ヒカルとユニゾった。誰が何処につくのか、走るのか、めまぐるしく展開していった。
目覚ましがなった。
ヒデオとアキコがストップモーションに入った。あの集中の後、マーはセットしていたのだ。マーの長いフィルインが始まった。そして、カウントを確認し、仁のテーマが始まった。
「ワン、ツー、スリー、フォー。」
「ジンジンジンオーイェー。」
「ジンジンジン、ウーウァオ-。」
何度かリフレインが続き、雄叫びのようなフレーズを引くとマサルがアンプのヴォリュームを下げ、ギターを担ぐと楽屋に消えた。ミサキがメヌエットを弾いて最後は爆発しそうな連打を見せ、キーボードを離れた。ヒカルとマーは完全なキープを続け、何の合図もしないのにピタっと音を止めた。ヒカルはベースを担ぎ、マーはスティックケースと目覚ましを持ち、楽屋に消えた。
ハルとミサキははいだバスローブを拾い集め、ヒデオとアキコを包むようにして楽屋に消えた。
会場から手拍子が起きるわけでも、歓声が上がるわけでもなかった。しかし、会場の客のほとんどがその体のどこかで「仁のテーマ」のリズムを刻んでいた。それは振動となり、ハウスを揺さぶった。
楽屋でミサキが叫んだ。
「キーボード片付けなきゃ。」
恵美子さんが楽屋のドアをノックした。キーボードを持ってきてくれた。
「今でないほうがいいわ。この雰囲気を壊したくないから。」
一分が過ぎた。
音は出なかった。
五分が過ぎた。
なにも音をださない演奏者を目の前にして、客は違和感を感じた。
ただ、身動き一つしないで集中するビーエスエイト。
客のざわめきが消えた。客は集中に引き寄せられていった。
平井さんもこの状況に戸惑った。
「どうした。」
恵美子さんの耳もとに平井さんのお声がインカムから響いた。
「もう少し待ってください。」
恵美子さんもこの集中が引き込まれていた。普通のバンドとは違う、と感じた。
皆は待った。
必然が音となり、魂が揺れるのを。
十分が過ぎた。
ヒカルの指が弦の上を走った。その気配を皆が感じた。いままで演奏がヒカルから始まることはなかった。その日、ヒカルは集中の中で音を見た。自然と指が動いた。皆はヒカルの一音が飛び出すのと同時に音を出した。ルートが中心のいつものヒカルとは違っていた。テンポもキーもない音の羅列。暗闇に閉ざされたジャングルの夜明けのざわめきが音になった。
皆が反応した。
「オー、ガガ、ウイー、ガガガ。」
「いい。いい。いい。」
ユニゾンをとらないハルとミサキ。雄叫びがこだまするような演奏。ウネリがおきた。波がおきた。
の塊は時に、マサルを、時にマサミを、そして、マーを中心にして、集まり、はなれ、再び、一つになり、会場を揺さぶった。平井さんが笑った。
「はは、面白い。」
平井さんは各楽器が一律に存在感を表せるように、ヴォイスが、演奏に負けないようにフェイダーを調節すると、手を離した。吉川さんも、笑った。
「ははーん。」
そして、集中した。音の中心の変化を聞き逃さないように、そして、その中心をはずさぬようにライティングを試みた。
ヒデオとアキコの身体が震えた。スーと立ち上がると向き合った。二人の手は同時にバスローブの帯をほどき、同時に肩に手をかけ、ゆっくりとバスローブをはずした。
「うおー。」
客席から驚きの声が上がった。ボディーストッキングだけの二人の姿はステージから漏れるライトの下では全裸のように見えた。音のウネリとシンクロし、二人の身体は動き出した。直接当らないライトは客のいない立ち見席に長いシルエットを描いた。
怒涛のウネリが全ての音を包み込み、一つの頂点に達した。アキコの身体が宙に舞った。ヒデオが優しく包み込むようにキャッチした。
音がフッと消えた。
ヒカルがコンダクトした。ヒカルのフレーズは単音でキープし、リフレインに移行した。マサルはまだ、ジャングルにいた。マサミはマサルを諭すようにヒカルのフレーズを増幅させるような一拍が長い和音を添えてきた。マーはヒカルのフレーズに呼応しながら、フィルインでマサルを刺激した。ハルとミサキは赤ん坊のような声を出した。
「アアー、アアーアアー、アアー。」
その声は生まれたばかり赤ん坊の声から、徐々に意思を持った声に変化した。
「アーイー。アーイー・・・・・。」
マサルのフレーズがその声に反応した。マサルのエロチックなフレーズが始まった。そのフレーズにノリながら、ハルとミサキは皆のバスローブをはいで回った。
「うおー。」
再び、客席が唸った。マーがキープに入った。
「抱いて。」
「ねえ。抱いて。」
「抱いて。」
「ねえ。抱いて。」
ハルは自分が出せる一番低い声で、ミサキは一番高い声でユニゾンが始まった。アキコの身体は、人形のようにヒデオに操られた。離れ、くっ付き、抱きしめ、持ち上げ、柔らかく、艶かしく、立見席を動き回った。
いつの間にか客が増えていた。テーブル席には三十人くらいの人がいた。立見席の周りにさらに十人くらいが立っていた。
「始める。始める。何を始める。」
今度の二人の声は音程的にもユニゾンを作り、微妙な響きとなって回り始めた。次の波が始まった。
今度はマーがコンダクトした。ヒカルのキープを破壊するようにマサミとマーが吠えた。マサルは彼らを調教するかのように、突っ込み、戻り、ヒカルとユニゾった。誰が何処につくのか、走るのか、めまぐるしく展開していった。
目覚ましがなった。
ヒデオとアキコがストップモーションに入った。あの集中の後、マーはセットしていたのだ。マーの長いフィルインが始まった。そして、カウントを確認し、仁のテーマが始まった。
「ワン、ツー、スリー、フォー。」
「ジンジンジンオーイェー。」
「ジンジンジン、ウーウァオ-。」
何度かリフレインが続き、雄叫びのようなフレーズを引くとマサルがアンプのヴォリュームを下げ、ギターを担ぐと楽屋に消えた。ミサキがメヌエットを弾いて最後は爆発しそうな連打を見せ、キーボードを離れた。ヒカルとマーは完全なキープを続け、何の合図もしないのにピタっと音を止めた。ヒカルはベースを担ぎ、マーはスティックケースと目覚ましを持ち、楽屋に消えた。
ハルとミサキははいだバスローブを拾い集め、ヒデオとアキコを包むようにして楽屋に消えた。
会場から手拍子が起きるわけでも、歓声が上がるわけでもなかった。しかし、会場の客のほとんどがその体のどこかで「仁のテーマ」のリズムを刻んでいた。それは振動となり、ハウスを揺さぶった。
楽屋でミサキが叫んだ。
「キーボード片付けなきゃ。」
恵美子さんが楽屋のドアをノックした。キーボードを持ってきてくれた。
「今でないほうがいいわ。この雰囲気を壊したくないから。」