仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

目覚める時の空のように9

2010年09月17日 17時27分08秒 | Weblog
 恵美子に確かな計画があったわけではなかった。ヒトミが成城にいるという確かな情報もなかった。それでも、自分の感じるところを信じた。武闘派と識別できる衣装を着ていかなかった。私服、普段着で出かけた。

 表玄関に、二人、勝手口に一人、武闘派の衣装を着た男がいた。知らない顔だった。勝手口を選んだ。恵美子は、その身体と顔に似合わず、極真の有段者だった。さらに、整体の資格も持っていた。やる気のなさそうな見張りの首もとの急所を付いて、寝てもらった。
 中に入った。台所には誰もいなかった。女子がいなくなって、掃除もしないのか、嫌な臭いがした。

ここをどうする気なのだろう。

ふと、頭をよぎったが、それどころではなかった。ツカサは書斎に幽閉されていた。が、ヒトミ、姫をあそこに入れるわけがない。寝室か、クローゼットだろう。
 
 一階のホールにはやはり、武闘派の男がいた。三人いた。その時、後ろから肩を叩かれた。身構えて、振り向くとツカサだった。
「ツカサ様。」
「シッ。エミちゃん、来てくれたんだね。」
「ツカサ様は・・・・。」
「きっと、誰かが来てくれると思っていた。エミちゃん、ありがとう。」
台所から、ホールを見た。
「三人か。たぶん、上にもいるな。」
「ええ。」
「勝手口のは、どのくらい起きないかな。」
「まだしばらくは。」
「裏から上るか。」
「えっ。」
二人は裏手に戻り、勝手口の横の楠木に登り、屋根に移り、クローゼットとして使われていた部屋の窓越しに中を見た。

ヒトミはいなかった。

ベッドルームの窓にはカーテンが引かれていた。

ここだ。

窓には鍵がかかっていた。恵美子はその屋敷の構造を熟知していた。空気を取り込むための小窓が部屋の隅にあった。そこから中を覗くと、ヒトミはベッドの上でうな垂れていた。その窓は押し戻しで開いた。人が入れる大きさではなかった。
「ヒトミさん。」
押し殺したツカサの声は届かなかった。恵美子は屋根に落ちていた枯れ木を拾うと、その小窓に手を伸ばし、投げ入れた。

ヒトミが気付いた。

 そこからは映画のシーンのようにことが進んだ。ヒトミが窓を開け、二人が入り込み、外から鍵がかかっているドアを恵美子が蹴り開け、ひるむ武闘派を一撃で倒し、階段を駆け下りた。ソファーでくつろいでいた武闘派は立ち上がるの時間がかかった。二人が倒れたところで最後の一人が、恵美子の前に立ちはだかった。
 ヒトミを抱えて階段を降りかけたツカサは、ヒトミを階段に座らせ、武闘派に見つからないように階段を降りた。予想をしない展開に武闘派はツカサの動きまで感知することは出来なかった。ツカサは武闘派の後ろに回り羽交い絞めにした。恵美子の一撃はかなり効いたのか、それとも、危ない急所を狙ったのか。とにかく、武闘派は倒れた。薄いネグリジェのようなものしか着ていないヒトミをツカサは再び抱いて、勝手口から逃げた。
 通りを三つほど越したところで、ホンダライフがあった。ヒトミを後部座席に乗せ、運転席にツカサがのった。恵美子はドアを開けなかった。
「エミちゃん、一緒に行こう。」
ヒトミが声にならない声で言った。
「いえ、私は・・・。」
「どうするんだ。武闘派には戻れないぞ。」
「いえ、私だとわかる人はいません。顔もはっきり見られたわけじゃないし。」
「だが、どこでわかるか・・・。」
「私はまだ、「流魂」の会員ですから。」
「エミちゃん。」
「私にとって、姫は姫しかいませんから。お救いするのが当然ですから。」
「わかった。いま、どこにいる。」
「練馬支部です。」
「寮は、」
「いえ。」
「じゃあ、これに住所書いて。」
ツカサの渡したノートに恵美子は住所を書いた。それを受け取るとツカサはエンジンをかけた。
「エミちゃん、ありがとう。」
「連絡する。」
 ライフは、走り出した。世田谷の窮屈な道をタイヤを鳴らして疾走した。恵美子はライフのタイヤの金切り声が聞こえなくなるまで、頭を下げていた。